劣等感は、自分のサポータです。

僕の身の回りには、
会話をしていても、

「それは違うでしょ!」

と、僕の主観を否定する人がいます。

・僕には僕の主観があって、
・相手には相手の主観がある。

僕は、それを理解して、
相手と会話しているつもりです。

だから、
相手に僕の主観を押し付けているのではなくて、

「こういうやり方でやっています。」

と相手に伝えると、
相手は、

「それは違うでしょ!」

と断定的に否定するんです。

断定的な言い方で、
僕の主観を否定するのです。

その人の主観と、
僕の主観が違うから否定をするのでしょう。

ということは、
相手は、
「自分の主観が正しい」
と決めつけてかかっているのでしょうか?

自分の主観や基準にあわないものは、
「間違い」であって「否定」
してしまうのでしょうかね。

自分の主観が正しくて、
相手の主観が間違っている。

その判断基準とは何なのでしょうか?

この世の全ての人間は、
その人の主権や基準に、
合わせないといけないのでしょうか?

こういう風に問い詰めると、
「それが社会の常識でしょ!」
といった言葉を引き合いにだすでしょう。

社会の常識を引き合いに出すという事は、
「自分の意見」がないんです。

社会の常識を人生の基準としているんです。

社会の常識なんて、
移り変わるもの。

賛同する人が増えれば、
それが常識になるだけの薄っぺらいもの。

そんな、薄っぺらいものに、
振り回されて、
常識信仰を唱える人の言葉に、
何の力もないし、説得力もない。

人の主観を否定するのは、

ただ、自分の方が、
相手より「優位」でありたいからです。

会話をしていて、
相手が自分よりも優れた知識を話すと、
それを否定する。

それは、
相手の言葉を認めてしまうと、
相手よりも自分が劣ってしまうからです。

相手の言葉を否定しないと、
自分が優位に立てないから、
相手がどれだけ正当な事を言っていても、
相手の言葉を否定するんです。

否定しないと、
自分が格下になるからです。

そうなんです。

人の話を、
何でもかんでも否定する人は、
「劣等感」がある人なんです。

劣等感があって、

「これ以上、負けたくない!」

そういう思いがあって、

「他人を認めたくない!」のです。

自分が容姿が悪く生まれて来た。
それは悲しいでしょう。

自分の責任ではないし、
変な言い方ですが「被害者」です。

もっと、容姿が良かったら、
違った人生を歩んでいたかも知れません。

容姿が悪くて、
イジメを受けたら、
バカにされたり、
嫌な目に合って来たでしょう。

そして「劣等感」を味わうんです。

容姿が悪い人は、
その劣等感があります。

その劣等感は、
決して、悪いものではないようです。

誰にでもある感情です。

容姿が悪い人は、
容姿が悪いだけで、
後は他人とは変わらない。

いえいえ、
容姿は悪いけど、
仕事をさせると日本でナンバー1です。

容姿が良くて、
仕事が出来ないルーズな人と、

容姿が悪くて、
仕事が出来て社会的地位にある人と、

どちらが良く見えますか?

容姿が悪ければ、
他を伸ばせば良いと思うんです。

他を伸ばせば、
容姿の悪さは目立ちません。

何か1つ、
自分が自信を持ってやっている事があると、
何も容姿を気にして凹む事はないはずです。

それは、ただ、
自分の容姿の悪さを引き合いに出して、
「言い訳」をしているだけかも。

世の中には、
容姿の悪い人も、
容姿の良い人も、
輝いている人達が多いです。

人は、
「外見で判断するもの」です。

容姿が悪くても、
その人の表情が豊かであれば、
多くの人達から好かれます。

容姿が悪くて、
その人の表情が硬いと、
多くの人から避けられます。

それはね、
容姿が悪い人が、

容姿が悪い事で、
「劣等感」を感じて、
「ふてくされている」ことを、
社会のみんなは知っているからです。

そういう性格の悪い人とは、
親しくなりたいと思わないんです。

「どうせ私は容姿が悪いですよ!」

こんな反抗的な人とは、
仲良くなれませんよね。

容姿が悪ければ、
他を磨いて美しくなれば良い。

そんな努力もしないで、
ふてくされて生きている。

そんな人よりも、

例え容姿が悪くても、
他の部分で努力をして、
自分を磨いて輝く人も多い。

そうやって努力する人は、
素敵な容姿でも、
悪い容姿でも関係ないんです。
心がポジティブなんです。

容姿が悪くて、
何かにつけて、
容姿が悪かった事へ、
責任転嫁するような人は、

仮に、
素敵な容姿に整形したとしても、
何ら性格は変わらないでしょうね。

心がネガティブなのですから。

心がネガティブだと、
表情に出ます。

その、
ネガティブな心が、

自分の容姿を悪くしていると思うんです。

僕はね、
容姿というか、
女性の顔を見て、
美人だとか、そうではないと、
判断する基準は、

「女性の目」を見て判断しています。

やはり、
女性を見て、
最初に見るのが目です。

目が死んでいる女性は、
美しく見えんないですね。

死んだ魚のような目をしている女性も多い。

しかし、
元気が伝わって来る目の女性も多い。

そういう、
元気な目をしている女性に、
僕は好感を持ちますね。

元気な目をしている人は、
心が元気ですし、

ポジティブな女性が多いです。

そして、
ポジティブな女性は、
みんな「笑顔」です。

心が元気だと笑顔になる。

笑顔になると、
素敵な目の輝きになる。

そういう女性は、
異性に人気があります。

だって、
そういう元気な女性を見て、
男性は元気になるのですから。

容姿が悪い人は、
ずっと「劣等感」に支配されています。

劣等感を感じたなら、
自分を磨けばいい。

自分を磨かないから、
劣等感が重荷になるんです。

劣等感は、

「今の自分で良いのか?」

そのように、
自分のお尻を叩いてくれているんです。

素直な気持ちになって、
異性にモテたいなら、

「自分を磨くのです!」

心を元気にさえすれば、
容姿が悪くても、
男性は振り向いてくれます。

容姿が悪くても、
何か輝く物を持っていると、
女性は好感を持ってくれます。

だれがね?
劣等感をむき出しにして、

「どうせ私はブスよ!」
「どうせ俺はアホだよ!」

このような人に、
好感が持てるでしょうか?

容姿がブスなのではなくて、
心がブスなのでしょう。

アホなのは、
自分の事をアホ呼ばわりするからでしょう。

劣等感は、
自分の尻を叩いてくれます。

「悔しかったら努力してみろ!」

いつまでも、
ふてくされていないで、
何か1つ、努力して輝いて見せろ!

劣等感は、
そうやって自分を応援してくれる感情なんです。


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