「相手の立場に立って考える」という難しい言葉。

僕は、つい最近まで、

「相手の立場に立って考える」


この言葉の意味を、簡単に解釈していました。

相手の立場に立って考えると、
相手の気持ちが理解出来て、解決の糸口が見つかる。

そのように思っていたんです。

しかし、よくよく考えると、
僕が相手の立場に立っても、
僕の「主観」「性格」と、
相手の「主観」「性格」は違うんです。

僕は、どちらかというと、
「ポジティブ」な性格です。

相手が、
「ネガティブ」な性格だとしたら?

ネガティブな性格の人の立場に立って、
ネガティブな発想をしないと、
相手の気持ちが解らないんです。

ポジティブな人は、
ネガティブな人の気持ちが解りません。

解りやすく例え話で説明しますね。

僕はポジティブな性格です。
友はネガティブな性格です。


友が仕事でミスをしました。
すごく落ち込んでいます。

友を励ますために、
友の立場に立って考えます。

「ああ、失敗してしまったな。」

と、友と同じ状態をイメージします。

そして、ポジティブな僕は、
失敗したけれど、
「どうすれば成功するのだろうか?」
このように考えます。

これは、あくまでも、
ポジティブな僕の主観です。


失敗したという同じ立場に立った、
状況をイメージしただけで、
友の主観とは違うんです。

友には、友の主観があります。
友が生きて来て、
色んな経験をして来て出来上がった、
友の主観があるんです。

その、
友の主観と同じ主観になって考えないと、
無意味なんだなって思ったんです。


友の主観と、
僕の主観は違うのですからね。


同じ立場に立ったとしても、
それは物理的な状況の事で、

精神面では、
同じ立場に立つのは難しいのだなって。

イジメっ子は、
イジメられっ子の気持ちが解らないと思います。

解らないからイジメるんです。

イジメたら可哀想だと知っていたら、
イジメなんてしないんです。

イジメっ子が、
イジメられっ子の立場に立って考えて、
イジメられっ子の気持ちが解るでしょうか?

なぜ?
イジメられっ子が、
イジメを受けるような性格になったのか?
解るでしょうか?

相手の立場に立つってことは、
相手と同化する事かも知れません。

相手と同化すれば、
感じ方も同じでしょうから。


そんなことって、
とても難しいですよね。

僕は20歳の時に、
車椅子を使って生活をしています。

中途障害者です。

五体不満足という本を出された乙武洋匡さんは、
生まれた時から不自由な体でした。

僕は彼の苦労を、少しは理解出来ます。

でも、彼の立場には立てないんです。

彼が生まれて来て、
これまでの人生で抱えて来た苦しみを、
僕が理解する事なんて不可能なんです。


僕は中途障害者です。

20歳までは、
普通にやりたい事をやってこれた。
自由気ままに生きて来た。

そして、
障害を負って自由を失いました。

しかし、乙武さんは、
人生の最初から不自由だったんです。

それを思うとね、
僕は自分の事以上に辛くなります。

僕よりも、
辛い経験をして来たんだろうなって。

だからね、
「相手の立場に立って考える」
という言葉は、
簡単に使っちゃいけないなって。

相手の立場に立って考える、
それはそれは過酷な事だなって。


乙武さんの、これまでの人生を、
僕が経験して、
初めて乙武さんの立場に立てると思うんです。


僕達が、日頃、
「相手の立場に立って考える」
という言葉を使っているのは、

「相手と同じ場所に立っている」

という、物理的な意味でしか、
使っていないように思うんです。


友が先生に怒られて、
廊下に立たされた。

「友の立場に立って考えるため」に、
友と一緒に、
廊下で立っているようなものなんです。

廊下で立たされている気分は、
理解出来るでしょう。

でも、
友が心の中で考えている事なんて、
解らないんです。

友は、
先生に怒られて、廊下で立たされて、
・授業をサボれて、
・クラスのみんなから注目されて、

喜んでいるかも知れないんです。

お調子者な生徒っているんです。

わざと怒られて、
廊下に立たされて、
それを「笑いのネタ」にする生徒もいるんです。

廊下に立たされた生徒が、
全てが「恥ずかしい」と思っている訳ではないんです。

廊下に立たされて、
喜んでいる生徒もいます。

僕は実際、
廊下に立たされたことがあります。

その時の、
僕の気持ちは「嬉しかった」んです。

僕はお調子者だったので、
とにかく目立ちたかったんです。

それで、
先生に怒られて、
廊下に立たされた時、
かなり目立ちました。
それが嬉しくてね。

そんな事でね、
相手の立場に立って考えるってね、

そもそも、
相手の気持ちなんて解る訳がないんです。

相手の気持ちが解らないから、
この世から戦争がなくならないんでしょう。

誰も、
人の心の中までは覗けないんです。


人の気持ちなんて、
解る訳が無いんです。


人の気持ちが解らないのに、
「相手の立場に立って考える」
だなんて、到底無理な話なんです。


相手の気持ちが解って、
初めて、
相手の立場に立って考えられると思うんです。


だから、
相手の立場に立つのではなくて、

「相手に寄り添う」

それで良いのかなって。

それしか、
出来ないのかなって。

時に、
「相手を背負ってあげる」と良いのかなって。


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