(。・ω・)ノ゙ おはよー♡ 3月25日(水)

おはようございます!

今朝の奈良県は「夜明け前で真っ暗」です。
天気予報では「晴れ」だそうです。

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今日も健康習慣で、
「コップ1杯の白湯」を飲んで、
1日のスタートです!
(ノ・ω・)ノオオオォォォ-

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最近、病気の治療方法も安定してきて、
心が穏やかになれています。

以前は、治療方法が不安定で、
物凄く注射の痛みを感じて、
通院日が恐怖でしかありませんでした。

その恐怖がストレスとなって、
少しずつ心が病んできたと思います。


心が病んでしまうと、
他人に対して不信感が増大しますし、
常にイライラしていましたし、
不安感で押し潰されそうだったんです。

そういった状況でも、
毎日欠かさずに筋トレをやっていました。

というか、
筋トレをやることで、
そういったストレスを軽減出来たのかも?
今ではそのように思っています。

心に溜まったストレスや、
フラストレーションを、
筋トレをする事で爆発させる。

筋トレが、
「ガス抜き」
になっていたのかも知れませんね。

もし、筋トレをやっていなかったら?
僕は「うつ状態」になっていたと思うんです。

ストレス、フラストレーションを、
吐き出す事が出来なくなって、
心がますます病んで、
身動きできなくなっていたと思います。

事実、大きな病気を発症した時、
僕は心身ともにヘトヘトでした。

その頃は体力もなくて、
筋トレなんてやっていませんでしたし。

その時、
僕は何も出来ませんでした。

家族にも頼れず、
病院の方々にも頼れず孤独でした。

どうしようもなくて、
さじを投げるしかありませんでした。

するとね、
救いの道が開かれたんです。

僕の置かれた環境から、
違う環境へ移されたんです。

僕は奈良県で暮らしていて、
大阪府にある病院へ入院することになったんです。

大きな病気の治療と、
下半身に出来た「床ずれ」の治療をするために、
入院することになったんです。

知らない土地で、
知らない人達に囲まれて、
治療に専念出来たんです。

いえ、知らない人達だったからこそ、
それが良かったのかも知れません。

知らない土地だったからこそ、
新鮮だったかも知れません。

環境を変えて途端、
僕の心が軽くなって来たんです。

簡単な例えですが、
汚くて臭い公衆便所に1時間もいると、
苦痛で仕方がないと思います。

その公衆便所から出たような気分なんです。

環境を変えると、
それ程の効果があったんです。

それと、僕自身が、
「さじを投げた」
ことが良かったみたいです。

「俺はもう無理」


このように、
自分の無力さを実感した時、
救いの道が開かれたんです。


それは、
誰が???

救いの道を用意してくれたのでしょうか?

僕は神様が、
救いの道を用意して下さったと思います。

人間の考えを遥かに超える、
その人にとっての最善の方法で、
救いの道が用意されたんです。

そして、
僕が辛い経験をしたのは、
神様が僕に試練を与えたのではなくて、

僕のだらしない生活が招いた病気で、
自分自身が招いた結果です。

その、僕の失敗をも、
何とか助けようとして、
救いの道を用意して下さったのが、
神様だったと思うんです。

僕に子供がいたなら?

自分の子供になんて、
辛い試練なんて与えたくありませんからね。

自分の子供が辛い時、
苦しんでいる時、
子供の身代わりになってあげたいと、
そう思うでしょう。

まさに、
僕が信じる神様は、
そのようなお方です。

僕の罪の身代わりとなってくれ、
僕に罪の赦しを与えてくれて、
僕を新しい世界に導いて下さる。

それが、
イエス・キリストの福音です。

今日は何だか、
5年前の、苦しかった頃を思い出しました。

あの時は、
本当に苦しかったなって。

自分では、
どうしようもなかったなって。

そんな時、

「さじを投げた」

それが良かったんだなって。

辛い環境、苦しい環境にいた時、
必死に頑張って、
歯を食いしばって努力しても、
どうしようもないこともある。

そんな時は、

「さじを投げる」

もう、どうにでもなれ!
と、やけになるのではなくて、
自分の無力さを感じる事かなって思います。

そうすると、
救いの道が開かれました。

僕はね。(o^―^o)ニコ


そんなこんなで、
今日は昔の事を思い出しながら、
俺って幸せだなって思っています。

だって、
振り返ってみると、
僕が辛い時、悲しい時、
人生に絶望しているとき、

いつも、
救いの道が用意されていたのですから。

人は、平和な時は、
目の前の幸せに気付けません。

でも、
自分が悲しみや苦痛を経験すると、
改めて、
目の前の幸せに気付けるようです。

目の前には、
たくさんの幸せがあるようです。

今、生きていること自体が、
幸せだと思います。

この世に生まれて来なかったら?

幸せも、不幸も、
何も感じる事が出来ないのですからね。

不幸があって幸せなのか?
と仰る方もいるでしょう。

でも、
ずっと不幸ですか?

毎日、不幸な生活をしているんですか?

不幸の原因を考えると、
自分が招いた不幸も多いはず。


理不尽な不幸もあるけれど、
理不尽な不幸には「慰め」があります。


僕はメダカを飼っています。

去年の秋に、
たくさんのメダカが生れました。

そのメダカ達の中に、
背中の曲がったメダカがいます。

真っ直ぐ泳げなかったりします。

観ていると、
心が痛んでとても辛いです。

そのメダカには、
他のメダカよりも、
「多くのエサを食べさせてあげよう」って。

他のメダカ達よりも、
多くの愛情を注ごうとしてしまいます。

理不尽な不幸には、
そういった慰めがあると思うんです。

読者のみなさんの目の前には、
どんな幸せがあるでしょうか?

今日も1日、
たくさんの幸せを発見してくださいね。


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