僕が「強く生きれている」理由って?

僕は5年前に、
呼吸ができなくなって救急車で搬送されました。
搬送された病院で「慢性腎不全」と告知されました。

もう手遅れで、
中毒症状も出ていて、
・幻覚
・幻聴
に苦しんでいました。

緊急入院をし3日目の朝に、
心臓が止まりました。

幸い、目の前に看護師さんがいましたので、
何とか生き返る事が出来ました。

そもそも、
僕が慢性腎不全になったのには、
「原因」があります。

慢性腎不全になる、
「きっかけ」
のような物もありました。

さかのぼる事、
約30年前に交通事故で脊髄を損傷し、
下半身の自由を失いました。
歩けない体になって、
車椅子を使った生活になりました。

その頃は、
色んな検査を受けていました。
*半強制的に。

腎臓の検査もしました。
その腎臓の検査を受けた時に言われました。

「人工透析を受けないといけなくなるから」

腎機能が弱っていたのでしょうか?
このような事を言われていました。
当初は、何の事だか理解出来ませんでした。

その「人工透析」、
という言葉だけを覚えていました。

そう言われた日から25年経って、
本当に人工透析を受けるようになりました。

20歳の時に、
初めて人工透析という言葉を聞いて、
それ以来25年間、
少しずつ僕の腎臓が弱っていたようです。
慢性的に。

言い換えると、
よく25年も腎臓が耐えてくれたよね?
と思う。

32歳になった時に、
両足を切断しました。

カゼを引いて、
栄養失調になり、
両足に床ずれが出来ました。

病院に行けば良かったのですが、
僕は「先端恐怖症」で注射が苦手でした。

注射を見ると、
それだけで貧血を起こして、
気絶しそうになるんです。

自分で床ずれの処置をしていても、
酷くなる一方でした。

そして、
両足を切断するほどに悪化しました。

両足を切断した後、
僕は自宅で療養生活をしました。

自動車の運転免許を更新しないで、
自動車を運転する事も諦めました。

神経痛が酷くて、
自動車の運転が困難だったからです。

それで、自宅で引きこもり生活をしました。

また、食生活は悲惨でした。
食事は1日に1食。

同居の妹が働く飲食店の、
「残り物」
が僕の食事でした。

神経痛を誤魔化すために、
「アルコール」を飲みました。
飲むと、痛みが誤魔化せました。

そうすると、
次第にお酒の量が増えて来て、
半アルコール依存症になるほどでした。

それに加えて、
「ヘビー〇モー〇ー」でした。
1日に3箱も。(;゚Д゚)

32歳からの、
生活習慣は最悪な物でした。

その事の発端は、
「神経痛」でした。

今更ですが、
言い訳ですが、

その神経痛さえなければ、
・運転免許証を更新していたでしょうし、
・自動車に乗って仕事をしていたでしょうし、
・アルコールに逃げなくて済んだでしょうし、
・食事生活も荒れなかったでしょう。

今更、
こんな事を言っても書いても、
後の祭りです。

ただの言い訳にしかなりません。

その時の神経痛に、
何か良い手段・方法があったら?

僕は、
また違った人生を歩んでいたのだろうか?

今現在の、
この人工透析に通う人生で良かったのだろうか?

誰が、
病気になって喜ぶんだ???

先端恐怖症の僕が、
人工透析に通っているだなんて奇跡?

いえいえ、
僕は、神経痛が酷かった時、
神経痛の対策を間違えたのでしょう。

アルコールという手段を使って、
神経痛を誤魔化した。
それが失敗でした。

僕の神経痛というのは、
下半身の、
神経が通っていない部位の神経痛なんです。

「幻肢痛」と呼ばれるものです。

足や手を切断した人が、
その切断した足や手が痛いという、
幻の痛みの事です。

僕の神経痛というのも、
下半身の神経がない足の痛みで、
尚且つ、両足を切断して足が無いのに、
足の痛みがあるんです。

どうしようもない痛みです。

ただ、ただ、
その幻肢痛に耐えるしかないです。

車椅子に乗った人を見て、
「あるけない人」
だけではないんです。

24時間、神経痛で苦しんでいて、
その痛みは、
「氷の上に正座」しているような痛みなんです。

僕の神経痛も、
未だにあります。
24時間、ずっと痛いんです。

しかし、その痛みは慣れました。

痛いんです。
痛いんですが、慣れているんです。

痛いけど、痛いと叫んでも、
痛みは和らぎません。

痛いけど、顔は笑っています。

笑っていても、
泣いていても、
何をしていても、
痛いんです。

だから、痛いと言いません。
ずっと痛みに耐えています。

そして、
公園に行って筋トレをしているんです。

筋トレをしていても、
神経痛で痛いんです。

痛みが、慢性化しているです。
痛いのに我慢出来ているんです。

先端恐怖症の僕が、
注射に慣れています。

神経痛に慣れています。

「慣れ」ってすごいね。

僕が慢性腎不全という病気になった1番の原因は、

「選択ミス」だったと思う。

遡って、
30年前に告知されていたのですから。

20歳の時から、
腎臓を労わる食生活をしていれば?

今更悔やんでも仕方がありません。

20歳の時に、
いきなり歩けない体になって、
人生に絶望しました。

必死にリハビリをして、
やっと車椅子で生活出来るようになった。

必死に職業訓練も受けて、
就職も出来て、
やっと社会復帰も出来た。

必死に生きていた。

そんな時に、
「人工透析を受ける事になる」
と言われていたのですが、

そんな難しいことを、
考える余裕がありませんでした。

車椅子を使って、
これからどうやって生きて行こうか???

その悩みの方が大きかったですから。

交通事故をきっかけに、
同棲していた彼女とも別れる事になって、
人生に失望し、

歩けない体になった事よりも、
彼女を失った事の方が辛かった。

何だか惨めでした。

悔しかったし。

でも、
自分が好きな事をしていて、
招いた事故。

言い訳なんて出来ません。

情けなかったです。

何事にも「原因」があって、
「結果」が残ります。

この世の出来事は、
「因果関係」で成り立っています。

その時、その時の選択を誤ると、
酷い有様になる場合があります。

問題が生じた時、
「原因」を探るといいのではないでしょうか?

なぜ?そんな事になったのか?
原因を探って行くと答えが見つかるはずです。

そして、
いま、
僕は生きている。

いえ、
生かされているという言葉が相応しいかも。

何か、
僕に出来る使命のようなものがあるみたいです。

その使命は、
何となく理解しているつもり。

なので、
僕の思うがままに生きています。

僕の生き様が、
それが僕の使命なんだなって。

病気になって、
その原因を探ると、
病気になった原因が解りました。

手遅れですが。

しかし、まだ生きています。

失敗を教訓にして、
人生をやり直す事も出来る。

たった1日でも、
しっかり自分の人生を満喫したなら?

それでOKかなって思っています。

『生きてて良かった!
もう、今、この世を去ってもOK!』

そのように思えるような、
1日を過ごしたいです。


10年間、
ぐだぐだ生きるより、
1年間、
充実した生活が出来て死んだ方がまし。

無駄に人生を浪費するより、
僕は中身のある短い人生も好きです。

打ち上げ花火のような人生も、
僕はアリだと思う。

それは、
僕が死んで、

「どこへ行ってしまうのか?」

その答えのような物を知っているからです。

知っていると言っても、
それが正しい物だとは断言できません。

ただ、僕が信じているだけなので。

僕は、死んだら、

「新しい世界が用意されている」

この新しい世界で、
新しい体で、新しい人生が待っていると思っています。

だから、
今、この世で楽しく生活しています。

もともと、
人間は楽しく生きるものだそうなので。

人が苦しんで、
修行をして、厳しい人生に耐えるために、
そんな事をするために生まれて来たのではないと思う。

何のために、
そんな事をするんでしょうか?

僕は、この世を、
神様が創造されたと信じています。

神様が、
地球を創られて、
色んな動物を創られて、
色んな植物を創られて、
全て、
人間を楽しませるために創られた。

神様と、人間との、
約束事があったのですが、
人間がその約束を破ったがゆえに、
この世が呪われてしまったようです。

その延長線で、
我々が今、生きているようです。

アダムとイブが罪を犯し、
その延長線上で生きているようです。

アダムとイブの遺伝子を受け継いで、
今、生きているようです。

そんなこんなで、
僕は、

「何故、この世に生まれて来たのか?」
「死んだら、僕はどこへ行くんだろ?」

そういう人生の疑問の答えを知っている。

人生の答えを知っているから、
人生の答えを信じているから、
人生の答えを持っているから、

強く生きれていると思うんです。

「強く生きる」とは?

「いつ、この世を去っても悔いがない」

という事です。

この世に守るものが無くて、
この世に未練もないので、

強く生きて行けるのだと思うんです。

「人生の答え」

を持っているからです。


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