(。・ω・)ノ゙ おはよー♡ 11月11日(月)

おはようございます!

今日の奈良県は「曇り空」です。
天気予報では「晴れ / 曇り」といった感じです。

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僕の1週間は、

月曜日・水曜日・金曜日・日曜日が、
公園で「トレーニング」をする日です。

火曜日・木曜日・土曜日が、
朝10時30分から、午後2時30分まで、
「人工透析を受ける日」になっています。

病院に行く日は、
朝4時に起きてトレーニングをして、
病院へ行く準備をします。

帰宅するのが午後3時過ぎになるので、
1日が潰れてしまう感じになります。

そんな事で、
通院日は「体をケアする日」にしています。
気持ち的にね。(o^―^o)ニコ

そして、
月・水・金・日曜日は、
思いっきり体を動かす日にしています。
どこかへ遊びに行きたいだとか、
そういう気持ちはないですね。

今は、
晴れていて時間があるなら?
公園に行ってトレーニングをしたい!
という気持ちしかありません。

いえ、
美人ママさん達を見たいからって、
公園に行っている訳ではないです。

美人ママさん達を「チラ見」出来るのは、
トレーニングして努力している僕への、
「御褒美」のようなもの。
オプションです。


(;゚∀゚)=3ハァハァ

そして、
1週間の出来事を、
・ブログに記録したり、
・YouTube動画を投稿する事が、

僕の仕事になっています。

稼ぎは、まだまだ少ないです。
しかし、
続けて行くと報われると思っています。

1人暮らしが出来るくらいまで、
収入が安定してくれたら幸いです。


というのも、
僕の過去を遡って見ると、
「10年単位」で、
幸福と不幸が舞い込んで来ています。

10代の頃は、
とにかく「ケガ」が多かったです。
擦り傷なんて日常茶飯事でした。

骨折も多かった。
10代だけでも10か所くらい骨折しました。
その代り、
10代の頃は大きな病気はなかったです。

また、中学生の頃に、
両親の離婚してしまってね。

高校進学を断念して、
好きなサッカーも捨てて、
非行に走ったりした頃もありました。

10代の頃は、
何だか「切ない時代」でした。
親の仕事の関係で、
引っ越しばかりしていました。
友達との別れがつらくてね。

20代になってからは、
「苦しい時代」でした。

20歳の誕生日を過ぎて、
しばらくして歩けない体になりました。
オートバイで事故を起こして、
脊髄を損傷し、
車イスを使った生活になりました。

必死に社会復帰をし、
就職し、結婚し、教会堂へ通いました。

しかし、
人間関係が下手な僕は、
人間関係によって人間不信になりました。


仕事が出来なくなり、
離婚し、
教会堂からも追い出された。

やっとの思いで社会復帰したのに、
また、
真っ逆さまに堕ちたんです。

30代になって、
人間不信になった僕は、
更に栄養失調により、
両足に床ずれがたくさん出来て、
手の施しようがなくなって、
両足を切断する事になりました。

1年の入院をし、両足を切断してからは、
自宅で隠居生活をする事にしました。

「もう、家で、のんびり生きよう」
って。

それでパソコンを買って、
オンラインゲームにハマりました。

オンラインゲームが生き甲斐でした。
人間関係が下手なのですが、
インターネットで交流する人達の中には、
僕と同じようなタイプの人達も多かった。

だから、
逆にインターネットの中の方が、
人付き合いが上手に出来ました。

しかし、
40代になって慢性腎不全になりました。
健康診断とかは受けていませんでした。

引きこもり生活が、
10年を超えた頃、
日に日に息苦しくなって来てね。

1週間ほど、便が出なくて、
尿もほとんど出ませんでした。
食欲もなくて、
ただ、倦怠感しかありませんでした。

いよいよ呼吸が出来なくなって来て、
救急車を手配したんです。

運ばれてすぐに入院する事になりました。
病名がわからず、
取りあえず体に数本のチューブが付けられました。

入院したその日から、
幻覚や幻聴が始まりました。
尿毒症の中毒症状が出始めたんです。


そして、入院4日目の朝、
僕の心臓が停止しました。


僕はその時に意識がありました。

体が飛び跳ねるくらいに、
心臓がドクドクしていました。

呼吸が出来ません。

目の前に看護師さんがいるのですが、
声が出ません。

息苦しくて、息苦しくて。

そして、
「あきらめました」

僕は、もうダメだなって思いました。
それで、
こんな事になって、
「仕方がないな」
と思って目を閉じたんです。

僕の最後の言葉というか、
思いが、

「仕方ないな」

という言葉でした。

死への恐怖や、
不安がなかった訳ではないです。

僕は聖書に書かれている事を信じているので、
それほど死に対しての不安はありませんでした。
それよりも、
「やっと人生を終えれた」
という、
人生という重荷を降ろせる期待があったかも知れません。

目を閉じて、
体の力を抜きました。

すると、
電気を「プチン」と消したように、
真っ暗になりました。

意識が無くなりました。

心臓が止まった瞬間でした。

心臓が止まるまでは、
呼吸が出来なくて苦しかったですが、
痛みはありませんでした。

僕は、
意識がある時に「窒息死」したんです。


慢性腎不全になると、
人工透析を受けないと、
ほとんどの方は、
尿毒症の中毒症状を引き起こして、
幻覚を見て幻聴を聴いて、
苦しみながら窒息死するのでしょうか。

人工透析がない時代の方々は、
苦しんで窒息死するしかなかったのでしょうか。

それを思うと、
僕は窒息死を身を持って体験していて、
人工透析で助けられて、複雑な気持ちです。


僕は、その時、
窒息死したまま、
この世を去っていた方が良かったのか?

蘇生して頂いて、
今があった方が良かったのか?


僕には解らないです。

だって、
聖書に書かれている事が真実であるなら、
僕は窒息死した時に、
そのまま天国に行けたのですから。

天国に行っていた方が?
良かったのかなって。

でも、
こうして生かされている。

生きていて、
そりゃ良かった事もあったけど、
嫌な目に合う事も多々あった。

40代は、
何だかモヤモヤ時代です。

来年、50代に突入します。

僕の身体的な状態をみると、
来年50歳からの10年間に、
何かしらの「生かされていた答え」が見つかるかも。

僕の場合ですが、
50歳になってからの10年が、
最終章なのかなって。


50歳からの10年間が、
「消えかけの線香花火」
のような時代なのかも知れません。

そんな事で、
来年からの10年間、
僕は美しく生きようと思う。

全力を出し切って、
人生を楽しんでみようと思う。

窒息死した時、
天国に行けなかったのは、
僕が、
全力で生きていなかったからかも?

だから、
天国への階段から、
突き落とされたのかも知れません。


来年からの10年間を、
完全燃焼させたいです。

もし、60歳になっても、
まだ生きていたら?
70歳まで目指して完全燃焼させてみます。

くたくたになるまで、
人生を楽しんでみます。

くたくたになりすぎて、
天国への階段を登れなくなったら、
神様におんぶしてもらいます。

神様、よろしくお願いいたします。

皆さんにとって、
今日1日が、
素敵な1日でありますように。


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