(。・ω・)ノ゙ おはよー♡ 9月12日(木)

おはようございます。(o^―^o)ニコ

今朝の奈良県は「夜明け前」でまだ暗いです。
天気予報では「晴れ」だそうです。

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今朝も毎朝の恒例行事で、
「コップ1杯のレモン水」を飲みました♪

今日は少しアレンジというか、
「ホットレモン」にしてみました。
寒い季節になって来ると、
朝から冷たい水を飲んでしまうと、
お腹が緩くなる場合があります。

それは嫌なので、
それほど熱くないホットレモンにしてみました。

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コップに、ポッカレモン100を少し入れて、
ポットのお湯を少し入れて、
ミネラルウォーターで割りました。
すぐに飲めるように、ぬるくしてあるんです。

今日は用事で出掛ける日なので、
4時前に起きて、出掛ける前の用事を済ませています。

今でこそ、
出掛ける用事が苦にならなくなりましたが、
以前は、出掛ける事が苦痛でたまりませんでした。

出先で嫌な事が多かったからです。

それで、
出先で嫌な目に合わないように、
色々と模作しました。

嫌な目に合うというのは、
「人間関係」です。

十人十色です。

色んな人がいて当然です。

僕が、
正しい人間だとは限りません。

相手も、
正しい人間だとは限りません。

正しい人間なんて、
この世に誰1人としていないのですから。


正しく見える人でも、
人の見ていない所では???

正しくない事をしている場合も多いですからね。

その逆も然り。

僕は、出先で嫌な目に合うのが嫌なので、
「友好関係」を築こうと心がけました。

しかし、
返ってそれが苦痛を招くものでした。

反対に、
出先で絡む人達と、深く、
「関わらない」方が心が楽でした。

出先で絡む人達に、
「期待しない」「信頼し過ぎない」「仲良くならない」
なるべくなら、関わらない方が、
僕にとっては良かったかも知れません。

この人達とは、ここだけの付き合い。

そういう意識でいた方が、
僕の心が傷付かなくて済みます。

人に対して、
「心を開いて接する」事は、
とても素晴らしい事だと思います。

僕も、かつては、
そう心がけていました。

しかし、
出先で、そのように、
「心を開いて接する」と、

僕の心の中に、土足で入って来て、
心の中を踏み荒らして、
泥だらけにするような人もいました。

誰にでも、
心を開くのは危険だと体験しました。

同じ病気だからといって、
同じ病気の人に心を開くと、
足元をすくわれる事もあった。


医療従事者だという事で、
病気に理解があると思って、
心を開いて話をすると、
医療には全く関心がなくて、
ただのサラリマンだったケースもある。


僕は、
医療現場に、
「過度な期待」をしていたと思う。

医療従事者なら?

「病気の辛さも理解してくれるだろう。」
「病気について理解してくれるだろう。」


しかし、真逆でした。

病気の辛さなんて、
病人にしか理解出来ないんです。
健康な人に、病気の人の気持ちなんて解りません。
僕だって同じですからね。

病気についての理解なんて、
仕事上の必須な情報くらいは知っておられるでしょうが、
僕の病気は、あまり良いイメージがないようです。

不摂生をして、
自堕落な生活をしていた「ツケ」のような病気だと、
医療従事者は思うでしょう。

また、そういう、
「冷たいまなざし」で患者を見るから、
どうしても医療従事者の視線が冷たく感じます。

「だらしない人間」
だという目で見られ、
どうしても嫌な感じを受けてしまいます。

そして、
だらしない人間に見られないように、
生活習慣を改めて、
食生活も変えて努力していると、

「そういう事は、病気になる前にしないとな!」

と、あざ笑う医療従事者もいました。

僕達、病人にとっての最後の砦が病院です。
その病院で、そんな事をされるんです。

病人には行き場が無いんです。

死ぬまで、
医療現場で、あざ笑われるんです。

十人十色。
そういう人ばかりではありませんが。

そういう人も、実際にいるという事です。
事実、僕は目の前で回診の時に言われましたから。
医師から。

医師でさえ、そういう思慮に欠けた人がいる。

回診の度に、
ポケットに手を突っ込んで、
カルテを見て、サインをするだけの医師もいる。
患者の顔なんて見もしません。


カルテの数字や数値を見て、サインをするだけです。
まあ、それだけで患者の情報が解るのでしょうね。

僕が通院する病院では、
患者の事を詳しく理解しているのが、
「看護助手さん」だと思います。

看護助手さん達には、
悪いイメージを抱く人は1人もいません。
みなさん、素敵な方々なんです。

看護助手さん達は、
お年寄りの患者さんの「食事の介護」などもします。
僕が通う病院は、
「お昼ご飯」を無料で提供してくれます。
その昼食を食べる際に、
お年寄りの患者さんの介護をしてくれるんです。

また、体重測定も、
看護助手さん達がしてくれます。

看護助手さん達が、
患者さんの体重の変化に気が付くと、
スタッフさんに報告されます。

患者の顔色が悪ければ?
患者さんに声かけをしてくれる。
患者さんの食欲がなければ、
スタッフに報告してくれます。

スタッフよりも、
患者の事を、よく見てくれています。

思いやりを感じます。

スタッフの中には、
患者の体温を測るのが面倒?だと思って、
患者の体温を測らないで、
透析手帳に適当な数字を記入する輩もいます。


責任感がないのでしょうね。
当然、
「思いやり」なんてないのでしょう。
ただのサラリーマンなのでしょう。


医療現場ということで、
僕は、
過度な期待があった。

テレビのドラマの観過ぎ???

テレビドラマの医療現場では、
「患者への思いやり」が、
深く演出される場合が多い。

でも、それはドラマ。

事実は違う。

事実は、生臭いものです。

それは、人間だからです。

全ての医療現場が、
生臭いものではありません。

医療現場にも、
天使の様な人もいます。

まさに、白衣の天使のような人も、
いる場合がある。

しかし、
僕の体感するところでは、
最初は、思いやりのある人だと思っていても、
よくよく、その人を見ていると、
偽物だと気付く事が多い。

「白衣のペテン師」と、心の中で呼んでいます。

そんな事で、
僕は医療現場では、相手に期待をしません。
信頼もしません。

ただ、自分の病気の治療のために、
病院へ通う。

自分の病気のケアで、
出来ない部分を医療現場でやってもらう。

治療が終わったら、
サッサと家に帰る。

そして、
自分が出来る事は、努力してやる。

病気の治療の為に、
体重管理が必要なら?
しっかり体重の管理をする。

病気の治療のために、
食生活の改善が必要なら?
がんばって食生活を改善します。

病気になったのは、
僕の場合は、
紛れも無く自分の責任です。

自分の責任で病気になった事を、
改めて、
医療現場でクドクド言われるのは、
腹立たしい事です。

だから、
クドクド言われたくないから、
病気の治療の為の、
自己管理に力が入るんです。

患者も人間ですからね。

死ぬまで週に3回、
人工透析を受けに来る患者。

「人生、終ってるやん?」


そんな風に思う医療従事者も多いでしょう。

いえ、医療従事者だからこそ、
そういう意識があると思うのです。


だって、
一般市民は、人工透析が、
どのようなものか?
ハッキリ知りませんからね。

だから、
病院へ行くと、
「冷たい視線で見られる」のです。

病院から出ると、
一般市民から普通に見られるんです。

僕は以前、
病院は、
「患者の負のオーラ」が漂うは所で、
行きたくない場所だと思っていました。

しかし、今では、
患者の負のオーラだけではなくて、

医療従事者の負のオーラもあると感じています。
患者を見る、
「その負の眼差し」が、とても痛い。

注射も痛いですが、
その医療従事者の眼差しも痛い。

注射は、腕に刺さって痛みで済むが、

その冷たい眼差しは、
心に突き刺さって、
心が痛く、とても悲しくなります。



今日は、そういう場所へ出掛けます。

サッサと用事を済ませて、
早く家に帰りたいです。

家で、
耳栓をしている時が、
僕の心が、1番、落ち着きます。

僕が心が落ち着く場所は、
静かな場所です。

静かな場所で暮らしたいです。

努力してみます。(o^―^o)ニコ