相手の言葉と行動で判断せよ!

もし!?
自分が信頼している人から、
陰口を言われていたとしたら!?

僕は人間不信になっちゃう。

例えばの話しですが、

僕の家の近所にスーパーがあります。
よく、そのスーパーで買い物をします。

レジには、
・美人で、
・親切で、
・思いやりがある、
リサちゃんという素敵な店員さんがいます。

僕は交通事故をきっかけに、
車イスを使って生活をしています。

買い物をし、
レジに並びます。

勿論、
大好きなリサちゃんが担当するレジに並びます。

買い物をしたものを、
丁寧に袋に入れてくれます。

そして、
車イスの背もたれのフックに、
荷物をぶら下げてくれます。

ある時、
新人の店員さんがレジをしていました。
リサちゃんが見当たらなくて、
その日は、
新人さんのレジに並びました。

すると、
どこからともなく、
リサちゃんが新人店員さんの、
フォローをしています。

買い物をしたものを袋に入れてくれます。

そして、
いつものように背もたれのフックに、
荷物をぶら下げてくれます。

なぜ?
リサちゃんが新人店員さんの、
フォローに来たかと言うと?

僕の買い物を、
・袋に入れて、
・背もたれのフックにぶら下げる為でした。

新人スタッフさんだと、
そこまで教えて貰っていませんし、
出来ません。

だから、
リサちゃんは、
僕を見て、
駆けつけてくれたんです。

新人店員さんにも優しく、
僕にも優しいリサちゃんなんです。


そんなリサちゃんが、
もし!?
もしもですよ!?

スタッフルームで、
僕の陰口を言っていたとしたら?

リサちゃんが、
僕の陰口を言っているのを、
「口の軽い人」が、
教えてくれたとしたら???

僕はね、
2度と、
リサちゃんが働くスーパーに行けません。
ショックが大き過ぎて。


これは、
あくまでも「たとえ話」です。

それが、
真実だったとしたら、
「おぞましい話」です。

人なんてね、
表面上だけでは判断しにくいものです。

いくら優しそうな人に見えても、
裏では何を言われているか?

わかったもんじゃない。


では、
「全ての人を疑ってかかるのか?」
というと、そうではない。

やっぱり、
心の優しい人もいます。

では、
善者と、
偽善者の違いって何でしょうか?

それは、

・その人の「言葉」と、
・その人の「行動」を、

比較してみると、
よく理解出来ると思います。


偽善者は、
やっぱり「口だけ」なんです。
行動が伴っていません。

善者は、
言葉と行動が一致します。


また、
心の優しい人は、

・人が困っている時、
・人が困るだろうと思う時、

黙って駆け寄ってくれるものです。

そんなことで、
僕が通うスーパーの、
大好きなリサちゃんは、
言葉もそうですが、
行動を見ていても、
僕が困らないように、
新人スタッフさんが困らないように、

さりげなく駆け寄ってくれる女性です。


偽善者は、
他人が困っているのを見ると、
「クモの子を散らす」
ように、どこかに消えます。

そして、
ほとぼりが冷めた時、
「大変だったね!」
「助けてあげたかったけど忙しくて・・・」
と言い訳して戻って来るのです。


僕の親友は、
僕が大変な時に、
困っている時に、

誰から聞いたのか?
解らないけど、
駆けつけてくれます。

元妻に、
京都の佳代ちゃん。

この2人は、
いつも、
僕を助けてくれる。

感謝しています。


僕は、
スーパーで働く、
大好きなリサちゃんを信頼しているけれど、
「信頼」すべきものなのだろうか?

僕は買い物をするために、
スーパーへ行く。

目的は買い物です。

店員さんの、
優しい接客を求めている訳ではない。

品物を買いたいだけ。


ただ、
店員さんが優しくしてくれたら、
嬉しいし気持ちが良い。

また、「ここで買い物をしよう!」と思う。

お客さんに、
そのように思ってもらう為の、
店側の「サービス」であったり、
店側の「戦略」でもある。


だから、
優しくしてくれるのは、
「当たり前」なのかも。

そこに、
「信頼」なんて言葉は必要ないかも。


僕が、
スーパーの店員さんを信頼して、
スーパーの店員さんに、
陰口を言われていたのを知って、
人間不信になるのは、
僕が店員さんをを信頼したからでしょう。

僕が、
店員さんを信頼なんてしなければ、
たとえ、
陰口を言われていても、
そほど?
人間不信にはならないかも知れません。

ただ、
買い物をして、
サッサと帰ればいいんです。

それを、
店員さんを信頼するだとか、
余計なことをするから、
余計な目に遭うのかなって思うんです。


何も、これは、
スーパーだけに限った話ではない。

いろんな場所や施設でも言えること。



他人を信頼してしまうと、
痛い目に遭うこともある。

だから、
簡単に、
人を信用したり、
人を信頼するのは危険なのかも知れません。


そのためには、
やはり、

相手の「言葉」と、
相手の「行動」を、

しっかりみて判断しないとね。

別に、

信用・信頼しようと、
信用・信頼出来なくとも、

どちらでもいいのかなって。

強いて言うと、
信用・信頼を、

「しない方が良いかも。」

信用したり、
信頼するってことは、

「相手に依存」

してしまう事になりかねませんし。

また、
人の心は変わります。

思いやりを持てるときもあれば、
心に余裕がなくて、
思いやりを持てない事もある。

ただ、
1度の思いやりをかけて貰えなかったことで、
その人が信用出来なくなるのって、
何だかね。


だから、
信用したり、
信頼し過ぎるのも、
良くないかもね。

信用したり、
信頼しない方が、
自分が傷付かなくて済むのかなって。


相手を信用し、
信頼しようと思うと、

相手にも、
自分にも、

「重荷を背負う」

ことになるのかなって。


僕が信頼する神様は、

僕の重荷を背負って下さる神様です。



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