風薫る5月

昨日は通院日でした。

ずっと、
病室のベッドの上で考え事をしていました。

最近の悩みというか、
「僕が女性を好きになる理由」
を考えていました。

考えた結果、
答えが見えてきました。

結論から言うと、

僕は、
その女性の優しさに触れて、
好きになってしまって、

その女性の助けを求めて、
その女性に守ってもらいたくて、
その女性といつまでも愛し合いたくて、
その女性とずっと一緒にいたいと思うのです。


こういった結論に至りました。

なぜ?
そのような結論になったのか?
理由・原因があるようです。
その経緯を書いて行きたいと思います。


僕の、
20歳までの恋愛は、
ごく普通の自由な恋愛でした。


しかし、
20歳を境に、
僕の恋愛対象が限定されました。

20歳になった時に、
オートバイの事故で、
下半身の自由を失って、
車イスを使った生活を余儀なくされました。

僕の人生感が大きく変わりました。

歩けない体になって、
友達が離れて行きました。

離れたというか、
僕の姿を見るのが辛かったのだと思います。
見れなかったのだと思うのです。


車イスを使った生活になってからは、
障害を持った人間の気持ちなんて、
健康な人には解らないだろうなって。

心が少しやさぐれました。

しかし、
医療従事者の方々への信頼は厚かったです。

それは、
体が不自由な方々のケアをしていて、
健康な人達よりは、
病気やケガの知識があって、
「理解がある」
と思ったからです。

障害を持った人達の、
「唯一の理解者」
だと信じていたからです。

親や兄弟ですら、
医療に対する知識が無ければ、
信頼する事が出来ませんでした。


体に障害を持ってからは、
色んな病気にもなりました。
とても弱い身体になりました。

僕1人の力で生活をするのは、
困難ではありますが、
生活が出来ない事はない。

しかし、
病気になったとき、
どうする事も出来ません。

やはり、
僕の生活を助けてくれる女性がいると、
心強いし安心出来ます。

そんなことで、
僕の恋愛対象が限定されました。

「障害を持った人に対して理解がある女性」
「医療従事者の女性」

身体が動く間は、
1人でいても不安はなかったのですが、
年々、
年を重ねるごとに不安になって来ます。

僕が将来、
1人になった時、
「障害者施設」に入所することになるだろう、
「グループホーム」のような所に入所するだろう、
そういう不安がありました。

そういった施設に入所すれば、
職員がいて安心なのですが、
「自由」がなくなってしまいます。

僕の人生を歩むのではなくて、
「その施設のルールに従って1日を終える」
そんな暮らしになるんです。

僕は若い頃に、
そういった障害者施設に入所していました。
僕の老後を、
少し体験しています。
見てきています。

絶望的な人生です。

それを知っているだけに、
動ける間は、
やりたい事をやろうと思っています。

病気や状態が悪化して、
動けない体になったら、
今受けている延命医療を考え直そうと思っています。
終了させても良いのかなって。


そんなことで、
僕は看護師さんと恋愛することが多かった。

多かったというか、
看護師さんだから好きになれたのです。

好きになった看護師さんが、
医療従事者ではなかったら?
多分、
好きになっていなかったと思う。

そういった言い方をすると、
看護師さんに失礼ですが、

好きになった女性が、
看護師さんだったから安心出来たのです。
僕の身体を理解してくれると安心出来たのです。

もし、
好きになった女性に、
医療の知識が無かったら?
困惑したでしょう。


事実、
僕は事故を起こしたとき、
約3年間、
同棲していた彼女がいました。

僕の事故がきっかけで、
お互いの心が離れて行きました。

お互い、嫌いになった訳ではない。

困惑したんです。

「僕の歩けない体」に。


そういった辛い経験があって、
僕の身体に理解がある女性でないと、
僕は安心出来なかったのです。


人生の中で、
度々、
入院する事がありました。

入院すると、
心のこもったケアをして頂ける。

病院が、
僕には心地良い生活空間でした。

バリアフリーですから。

段差もありません。

しかし、
街に出ると、
車イスで入店出来ないレストランも多い。

街に出ると、
みんな「気の毒そうな顔」で、
僕を見降ろします。

見下ろされた目を見ると、
白目の部分が多く見えて、
「白い目」
で観られている感じで嫌でした。

でも、
病院では、
僕を見る看護師さんの目は優しいのです。

優しくされると、
やっぱり思います。

「こんな優しい人と、
 寄り添って生きて行けたらな」

「こんな優しい人なら、
  僕を助けてくれるだろうな」

「こんな優しい人なら、
 僕を裏切らないだろうな、
 僕は信じれるだろうな。」

そう思えたんです。


ケガをした事で、
子供が出来ない体ですし、

父親の影響もあって、
僕は子供が欲しくありませんでしたので、
僕が結婚しても目的はありません。

家庭を築く予定がないからです。

僕は、
僕と死ぬまで2人きりで、
生きて行ってくれる女性を求めていました。

この世で、
1人ぼっちじゃ寂しいからです。
愛し合いたかったですし。

そんな気持ちの僕でしたが、
結婚をしました。

人生のどん底にいた時、
僕を支えてくれた女性です。


僕の生活範囲の中で、
唯一、
「僕の障害」
を理解してくれた女性でした。

しかし、
その女性は、
「子供が欲しかった」のです。

そんな事で、
子供が欲しくない僕と、
子供が欲しかった元妻の、
溝が埋めれなくて別れることに。


離婚をしてからも、
好きになった女性がいました。

医療従事者の方です。

僕が病気を発症し、
両足を切断することになり、
1年間という入院生活をした時でした。

その時も、
僕はどん底にいました。
人生に何度?
「どん底を味わえばいいのだ?」
と、自分の人生を呪ったほどでした。

そんな時に、
いつも笑顔で僕のケアをして下さった。

その人だけが、
僕に優しかったんです。

両足を切断することになって、
恐怖でたまらなかったです。

しかし、
看護師さんが僕を支えてくれた。
看護師さんの顔を見ると、
安心できました。

手術の恐怖よりも、
看護師さんと会えない事の方が、
辛く感じるようになりました。


僕は、
そのような心境を、
「吊り橋効果」
だと思っていました。

あまりにも恐怖を抱いている時、
そばに居る人に助けを求め、
寄り添ってくれることで安心感を得て、
「この人が守ってくれる」
と信頼してしまいます。

やがてそれが、
「恋心に化けてしまう」のです。

そういう現象を、
吊り橋効果と言うようです。

僕は吊り橋効果で、
優しくしてくれる看護師さんを好きになったと、
そう理解していましたし、
その影響もありますが、

やはり、
その女性が持つ「優しさ」に惚れたと思う。
その女性の「魅力」に惚れたと思う。
その女性の「正義感」に惚れたと思う。

その女性が、
僕を見捨てずに裏切らずに、
死ぬまでずっと愛し合えると感じたから、
その女性を好きになったのだと思うのです。


1年の入院生活が終るのと同時に、
僕の恋も終わりました。

それから現在まで、
僕には恋人はいませんでした。


しかし、
片想いの女性はいました。

つい最近まで、
好きな女性がいました。


約4年以上も片想いをしていました。
医療従事者で看護師さんです。

僕はその看護師さんを、
「吊り橋効果」
で好きになったと思っていましたが、
本気で好きになっていたようです。

僕は片想いです。

しかし、
相手の方は、
僕には見向きもしませんし、
反対に、
僕を嫌っていたようです。

背を向けて無視されたり、
避けられたりしていました。

僕の好意が迷惑だったのでしょうね。

だから、
そういった態度で示されていたのでしょう。


その態度を見ていると、
やはり辛いんです。

好きになった事を、
忘れようとします。

でも、
なかなか忘れれるものではありません。

それで、
いろいろと考えました。

僕はなんで?
あの人を好きになったのだろうか?

好きになって、
あの人と何がしたかったのだろうか?

いろいろ考えました。

でも、
答えがありませんでした。

唯一、
答えれるとしたら、

「ただ、一緒にいたかった。」
「ずっと、一緒にいたかった。」

それが僕の答えでした。


僕は看護師さんを好きになった理由を、
「吊り橋効果」の責任にし、
「本当は好きではなかった」
と自分の心を騙そうとしました。

そして、
看護師さんの嫌な部分を見て、
幻滅するようになった。

誰でも、
1つや2つ、
嫌な面があっても不思議ではない。

僕は、
看護師さん好きでいたことを、
忘れるために、
嫌いになろうとしていたかも知れません。

嫌いになれば、
「好きだ」
という記憶が消えて行きます。

心から、
看護師さんが好きだ
という記憶を消そうと頑張っていたんです。

そんな事をしていたことに、
最近、
気が付いたのです。

本当に好きだったんです。
ずっと一緒にいたかったんです。


それ程の、
「魅力のある女性」なのです。

それ程に、
「忘れられない女性」なんです。

嫌いになんてなれなくて、
嫌いになろうとしているだけ。


ただ、
遠くから見ているだけで、
僕は幸せだったんです。

片想いで十分幸せだったんです。

いえ、
片想いだから、
幸せだったのかも知れません。

だって、
片想いだったら、
死ぬまでずっと、
僕は愛し続けれたのですから。

僕は、
その女性から避けられて、
嫌われています。

嫌われている人を、
幸せになんて出来ません。

近づけないのですから。

だから、
遠くから幸せを願って、
遠くから見ているだけで良かったんです。

その女性の幸せが、
僕の幸せだったのかも。


好きな女性から無視されて、
避けられる日々は辛かったです。

辛い思いをしたくないから、
吊り橋効果だとか、
いろんな理屈を並べ立てました。


しかし今、
心の整理が付いて来ました。

本当に、
その女性を好きだったと、
素直に認めれますから。


そして、
僕が女性を好きになる理由も、
改めて理解出来てきましたから。

僕は、
僕を大切にしてくれる人を好きになってしまう。

そういう女性を信頼する。

そんな女性なら、
僕を守ってくれると安心出来るんです。

だから好きになるんです。

助けてくれるから、
信頼するんです。


僕が愛読する「聖書」には、
神様がこの世界を創造され、
人間を創造されました。

人類最初の人間はアダムです。

その時、神様は、
アダムに深い眠りを与えて、
アダムの肋骨をとり、
肉をふさいでイブを造られたと書かれています。

肋骨とは、
「助ける骨」と書きます。

神様は、
男性の「助け手」として、
女性を造られた。

男性には女性が必要なんです。

いつも、
一緒にいてくれる女性が。

時に笑って、
時にケンカをし、
愛し合って家族を築く。

そして子供を育てる。

老後は、
子供達の世話になってこの世を去る。

それが、
人には自然なのでしょう。


僕には家族が築けない。

だから、
1人で構わない。

構わないけれど、
寂しい。

寂しさを誤魔化すのに、
今はメダカを飼っている。

メダカ達が、
僕の寂しい心を慰めてくれている。


残りの人生で、
僕に相応しい助け手が、
現れても、
現れなくても、

僕はどちらでも良い。

死後、
天国に行くと、
新しい世界が用意されていて、

その世界では、
「結婚することはない」
と聖書に書かれているからです。


だったら、
別に、
地上で結婚出来なくても良いかなって。

天国では、
結婚なんて必要がないのだから。


この世で、
家庭を築いて行く人達には、
結婚は必要ですが、
僕にはそれがないですから。

だから、
メダカがいてくれたら、
十分なのかも知れません。


もう、
人を好きになるのを卒業しようと思います。


人生最後に、
あなたを好きになれて良かったです。

今まで、
ありがとう。


片想いを終らせますね。


風薫る5月




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https://www.youtube.com/watch?v=WmUuP13ty0A