「自己愛性パーソナリティ障害」と「包丁」

僕は週に1度、
バリカンを使って坊主(五厘刈り)にします。

頭の前方は、
鏡でチェックできますが、
後頭部はチェック出来ないので、
「手の感触」でチェックしています。

どうしても、
「切り残し」があります。
仕方がない事です。

僕が坊主にすると、

「ああ、散髪したんですね!」
「自分で散髪したんですか!?
「上手に散髪出来ていますよ!」

と声をかけてくれる人がいます。

褒めてくれる人もいますが、
中には、
こういう事を言う人もいます。

「散髪したんだね。」
「どれどれ、見てあげるよ。」
「ここに、切り残しがあるよ!」
「もう少し、ここをちゃんと切らないとね!」

散髪してきた僕に対して、
「どれどれ、チェックしてやろう」
といった感じで、
切り残しなどの粗探しをするのです。

失敗した箇所があると、
「ここはダメだね」
とダメ出しをされるのです。

僕が相手に対して、
「散髪して来たんです♪」
「見てください♪」
と言って、
相手にお願いしたなら、
そういう事を言われても結構です。

僕からチェックして下さいと、
言っているようなものなのですからね。


それが、
たまたま通りがかって、
僕が散髪をした事に気が付いて、

「散髪したんだね。」
「どれどれ、見てあげるよ。」
「ここに、切り残しがあるよ!」
「もう少し、ここをちゃんと切らないとね!」

と言われてしまうと、

「大きなお世話じゃボケ!」

と思ってしまうのです。


他人の欠点を見ようとする人も多い。
そういった人の多くに、
「自尊心の高い人」が多いです。
人を見下すような人です。

頼みもしないのに、
「どれどれ見てあげるよ」
と上から目線です。

そしてダメ押しに言うのです。

「私ならもっと上手に出来るよ」と。

たまたま通りがかった人間が、
散髪してきた人を捕まえて、
上からものを言って、
ケチをつけて、
私ならもっと上手に出来ると言って、
人を見下すんです。

気分の良い物ではありません。

本人は、
切り残しがないか?
探してあげて、
親切に教えてあげていると、
そう思っているかも知れませんが、

言われた方は、
何だかバカにされたような気持ちになります。

切り残しがないか?
チェックして下さいと、
頼んでもいないのに、
通りすがりの人間が、
勝手に主導権を握ってダメ出しをするのです。

通り魔に襲われたような気分です。


そういった行為は、
親切でも何でもなくて、

「大きなお世話」

というものです。

散髪をすると、
いつも、
そんな事を言ってくる人がいるのです。

いつもいつも、
お世話になっています。


大きなお世話に。


では、
そう言う人は、
何故?
そんな無神経な言動を起こしてしまうのでしょうか?

自尊心が高いのも理由の1つですが、

そういった人の多くは、

「自己愛性パーソナリティ障害」

という症状が見受けられる場合が多いです。

自己愛性人格障害の特徴を、
あるサイトから抜粋してみます。

出典:ハートクリニック大船


「自己愛性パーソナリティ障害の特徴」

誇大性(空想または行動における)、
賛美されたい欲求、
共感の欠如の広範な様式で、
成人期早期までに始まり、
種々の状況で明らかになる。

以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

1. 自分が重要であるという誇大な感覚
(例:業績や才能を誇張する、
 十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。

2.限りない成功、権力、才気、美しさ、
 あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。

3.自分が“特別”であり、独特であり、
 他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、
 または関係すべきだ、と信じている。

4.過剰な賛美を求める。

5.特権階級(つまり、特別有利な取り計らい、
または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)。

6.対人関係で相手を不当に利用する
(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。

7.共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、
 またはそれに気づこうとしない。

8.しばしば他人に嫉妬する、
 または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
 
9.尊大で傲慢な行動、または態度。


そして、このような、
自己愛性パーソナリティ障害の、
原因はなんでしょうか?

その多くが、
「遺伝」と「親の影響」と言われます。


自己愛性パーソナリティ障害の人は、
親から愛されなかった人が多いようです。

愛されたことが無いから、
愛される喜びを知りません。

愛される喜びが解らないから、
愛し方も解らないのです。

好きな女性が出来ても、
どうやって?
愛せばいいのか?
解らないのです。

好きな女性をイジメたりする行為が、
まさにソレかも知れません。

愛し方を知らないから。

親から、
愛されなかったから。


自己愛性パーソナリティ障害の人を見ていると、
愛情という感情が薄いです。

人のために何かするだとか、
可哀想な人を助けるだとか、
優しさがありません。

飛び出してきたネコが、
跳ねられて死にました。

それを見た、
自己愛性パーソナリティ障害の人は、
「飛び出したネコがバカなんだ」
「死んで当たり前だ」
そのように思考回路が働くようです。

「死んだ猫を、可哀想だと思えないようです」

また、
自己愛性パーソナリティ障害の人は、
「コンプレックス」
を抱いている人が多いです。

自尊心が高くて、
コンプレックスがあるから、
執拗以上に他人に嫉妬します。


自己愛性人格障害の人が結婚し、
子供を産むと、

その子供もまた、
同じ道を歩むのです。

負の連鎖が、
どこまでも続くのです。

そんな子孫を繁栄して行ってしまうのです。

そういう一族が増えて行くと、
恐ろしい事です。

恐ろしい世界になります。

そういう人が増えると、
そういう国家になって、
そういう文化が出来るかも知れません。


ただ、
自己愛性パーソナリティ障害という症状は、
良い物ではありませんが、

そういった人達がいるから、
社会が成り立っているのも事実なんです。

簡単な例えですが、
「包丁」は、
使い方を間違えれば凶器になります。

しかし、
上手に使えば美味しい料理が作れます。

それと同じで、
自己愛性パーソナリティ障害という特徴も、
「使えない事はない」
と言う事です。

いえ、必要なのかも知れません。

自己愛性パーソナリティ障害の人を見ると、
とても残酷な事をする人もいる。
厳しい事を言う人もいる。
言いにくいことを、
平気で言う人が多い。

そう言う人がいるから、
助かることもたくさんあるのです。

人の痛みが、
人一倍、
自分の事のように、
理解出来る外科医がいたとする。

人の痛みが解ってしまっては、
人の体を、
手術の時に、
切り刻んだりなんて出来ないのです。

そんなことで、
自己愛性パーソナリティ障害という性質も、
この社会では必要な性質なのかも知れません。


ただ、
使い方ですね。


包丁のように、
殺人に使う凶器にするのか?


自己愛性パーソナリティ障害を、
どのように社会に役立てるか?


そういう事だと思う。




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