記憶から消し去りたい。

5月1日に、
49歳の誕生日を迎えました。

49年の人生の中で、
たくさんの恋愛をしてきました。

2回の離婚経験もある。

その2回の結婚相手は同じ女性でした。
同じ女性と結婚し、離婚をし、
また再結婚し、離婚をしたのです。

今でも、
元妻とは親友です。

嫌いになって別れたのではなくて、
事情があって別れました。

そんなことで、
夫婦としてはダメでしたが、
親友としてのお付き合いは続いています。

元妻とは、
23歳の時に出会って、
かれこれ26年の付き合いになります。

そして、
17歳の時に出会った元彼女とも、
今でも付き合いがあります。
親友としてね。

その元彼女も、
嫌いになって別れたのではない。
事情があったのです。

僕は、
女性と別れる時、
嫌いになって別れることはありませんでした。
事情があって、
別れることが多かった。

だから、
今でも、
親友としてお付き合いが出来るのでしょうか。


今、
僕は49歳です。

一番最後の恋愛が、
17年前の恋愛でしょうか。

17年前の恋愛が終って以来、
僕はずっと1人でした。

恋人を作らず?
いえ、
好きな人がいませんでした。

理由もあります。

17年前の恋愛が終ったことで、
僕は自宅で引きこもることになったからです。

自宅で引きこもると、
出会いが無くなります。

インターネットで知り合った人達と、
「傷の舐め合い的な恋」はしました。

しかし、
そんなものは、
本当の恋ではありません。

最後の恋愛から、
17年が経った今、
僕には好きな人がいません。

少し前まで、
大好きだった女性がいましたが、

今では、

「その人を好きだったのか?」

解らなくなっています。

その原因を探ると、
色んなものが見えてきました。

結論からいうと、

「吊り橋効果」

だったのかも知れません。

それと、
17年前の、
最後の恋愛と、
まったく同じような感覚なのです。

「なんで??」
「こんな人を好きになったんだろう???」

そういった、
自分に対する不信感があったのです。

その不信感の答えが、
「吊り橋効果」
だったのかなと思うのです。

吊り橋効果というのは、
男性と女性が、
吊り橋のような危険な場所で、
共に恐怖を感じると、
お互いの信頼関係が強まったりします。

助け合おう、
守ってあげよう、
守ってもらいたい、

そういった、
双方の心理が作用して、
絆が生まれるようです。

例えがおかしいですが、
白銀の世界で、
上手にスキーをしている人を見ると、
胸がときめきます。

しかし、
山を下れば普通の人。

さっきのゲレンデの男性は、
どこへ行ったのだろうか?

そんな感じです。

女性と仲良くなるために、
お化け屋敷や、
ジェットコースターに乗れば良いと、
良く言われるのがそれです。

吊り橋効果なんです。


僕は、
その、
「吊り橋効果」で、
女性に惚れてしまう事が多いのです。

病気や大ケガで、
入院をする事が多かった。

入院する度に、
恋をしていました。

看護師さんに。

入院する時の僕は、
大ケガをしている時が多い。

そして、
先端恐怖症があって、
注射を見ると、
恐ろしくて血圧が下がってしまう。

そのように、
あまりにも恐怖を感じると、
血圧が下がって、
気絶をしたりします。

そういう症状を、
血管性迷走神経反射というようです。

それと、
HSPという、
敏感すぎる体質でもあります。


注射の恐怖と、
手術の恐怖、
病院という重たい空気、
HSPという体質が、
僕を不安な心境にさせます。

まさに、
吊り橋の上にいり状態です。

怖くて怖くてたまらないのです。

すると、
そこへ、
優しく寄り添ってくれて、
僕を安心させてくれる女性がいるのです。

看護師さんです。

僕は無条件に、
近くにいた看護師さんに信頼します。

寄りかかります。

生まれたばかりの雛鳥が、
人間を見て、
親だと勘違いするかのように、

僕は、
横にいた看護師さんに、
助けを求めるのです。

そして、
知らない間に、
その看護師さんを好きになっているのです。


僕が、
最後の恋愛をした相手は、
一回り年上の女性でした。

僕が32歳で、
相手の女性は43歳でした。

出会った病院で、
僕は両足を切断しました。

床ずれという症状が悪化して、
両足に無数の床ずれが出来て、
スネ骨まで見えていました。

股関節から、
両足を切断しました。

僕は、
20歳の時に、
オートバイの事故で、
脊髄を損傷し、
下半身の感覚が麻痺しています。

そんなこともあって、
また、
床ずれが出来やすい体質でした。

最初に、左足を切断しました。
手術は6時間ほどだったでしょうか。

下半身の感覚が麻痺しているので、
痛みは感じません。

ということで、
左足を切断する時、
麻酔をかけないで足を切断しました。

麻酔をかけなくても、
痛みは感じませんから。

しかし、
6時間、
ずっと意識があって、
自分の足が切断されている。

切断した左足を、
直視出来ませんでしたが、

段ボール箱に、
切断した足を入れる様子は、
チラっと見えました。

切断した左足は、
医療用産業廃棄物として処理されました。

何千円か?
処理費用を支払いました。


自分の両足を失う恐怖、
それはそれは、
恐ろしいものでした。

その時、
僕は、
ワラにもすがる気持ちです。


明日、左足を切断するのか・・・
恐ろしいな・・・

明日が来なければ良いのになんて考えました。
注射が怖いなって、
痛い思いをしたくないなって。

不安しかありませんでした。

そんな時に、
いつも、
そばにいて、
寄り添ってくれて、
僕を安心させてくれた。

いつしか僕は、
「早く明日にならないかな?」
って、期待しているのです。

明日になれば、
また、
看護師さんに会える。

それが待ち遠しかった。

手術の恐怖や、
注射の恐怖よりも、

「看護師さんに会いたい!」

その気持ちの方が強くなっていました。

もし、
その時、
その看護師さんがいなかったら?

僕は恐怖のあまりに、
逃げ出していたかも知れません。

恐怖のあまりに、
精神が崩壊していたかも知れません。

それがどうでしょう、
恐怖なんてどうでも良くなった。

ただ、
好きな看護師さんに会いたい!

そんな毎日でした。

1年間という、
長い入院生活でした。

退院するころには、
僕と看護師さんは愛しあっていました。

僕の傷が癒えて、
いよいよ退院です。

退院しても、
僕は両足はありませんが、
自働車を運転出来ました。

手だけで自動車を運転するのです。
そういった改造施した自働車に乗っていました。

運転免許も持っていましたから。

自動車を運転し、
看護師さんの家の近くでデートしました。

いざ、退院して、
看護師さんとデートしていると、
何だか違和感があるのです。

僕は両足こそ失いましたが、
いたって体は元気です。

元気になりました。

病院で入院している時と、
まるで別人です。

僕には、
もう、
何も怖いものがないのです。

あるとすれば、
雷と地震くらいです。


恐怖というものから解放され、
僕は自由になりました。

僕は、
ひょっとしたら、
「恐怖を誤魔化すために」
「看護師さんを好きでいることに」
していたのかも知れません。

吊り橋効果もあったでしょうし。

早く明日にならないかな!
看護師さんに会いたいな!

と思うことで、
恐怖を誤魔化していたのかも知れません。


看護師さんを、
「好きなんだ!」
と、
自分で自分を洗脳していたのかも知れないのです。


退院し、
看護師さんとデートを重ねる度に、
僕は、
看護師さんに不信感を抱くのです。

病院で看護師さんと、
病院以外の看護師さんと、
まるで別人に感じるのです。

それは、
「恐怖があるかないか?」
ということなんです。

変な言い方ですが、
退院後も、
僕が何か、
恐怖を感じるものがあったならば、
看護師さんを愛し続けただろうと思う。

愛し続けるというのは、
「愛していると思い込ませ続ける」
ということです。

看護師さんには、
とても失礼な話ですが。

そして、
普段の看護師さんの言動を知り、
傷付く事もありました。

「ええ???」
「この人って、こんな人だったの?」

と驚くことが多かった。

それは、
ただ、
僕が勝手に、
看護師さんを「美化」していただけなんです。

僕の思い込みだったのです。

そんなことで、
会うたびに、
看護師さんとの距離が開きました。

会うたびに、
僕の心が傷付いた。

あまりにも、
看護師さんを美化しすぎていたから。

あまりにも辛くなって、
「もう、会わないようにしよう」
と告げました。

そして、
携帯電話を折りました。

それから、
僕は引きこもり生活を始めました。

もう、
恋愛はしないだろうと。

あの人で、
最後にしようって。


僕は看護師さんを、
嫌いになったのではありません。

僕が勝手、
看護師さんを美化しすぎて、
誤解したからです。

看護師さんに罪はありません。

僕に罪があるのです。


つい最近まで、
17年前の、
その時の恋と似たような、
思いをしていました。

吊り橋効果で。

しかし、
僕はまだ、
今現在も吊り橋の上にいる。

にもかかわらず、
好きな女性の事を、

「好きなのか?」
「どうでも良くなったのか?」

解らないのです。

自分の気持ちが解らなかったのです。

それが、
吊り橋効果だったとは、

気付きもしなかったのです。


それが、
「吊り橋効果だったのか!?」
と理解出来てきて、
何だか胸の苦しみが取れて来たのです。

僕は、
あの人の事が、
好きではなくて、

「好きでいる事に、していただけ」

そうやって、
今、抱えている恐怖を、
「誤魔化して」
いただけだったのかって。

今では、
そう理解出来る。

そう、
理解しているつもり。

理解しているつもりですが、

心の中に、
「その女性の影」
が、いつまでも残っているのです。

つい、
最近まで好きだった女性の影が。

その陰の理由は、
僕には解らない。

幻想なのか?

僕の、
本当の気持ちなのか?

解らない。

それは、
時が解決してくれると思う。

僕は、
好きだった女性を意識しないようにしている。

意識から消そうとしている。

時が経てば、

その影は消えるだろうと思う。

消えて欲しい。

記憶の全てが、
消えて欲しい。

何もかも、
その女性の事は、
全て記憶から消えて欲しいと願っている。


でないと、
僕の心が、
壊れそうだから。



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