転院することは、神様からの啓示?

神様は時として、
我々人間に試練をお与えになるようです。

また、
試練と共に、
「脱出の道」
も、備えて下さるようです。

僕はそういった経験を何度もしてきました。
僕の考えも及ばない、
僕には理解出来ないような事、
奇跡的な事を、
何度も経験してきました。

困難や試練の中にいる時は、
それはそれは、
苦しみ悶えて大変です。

神様に牙を剥いたことも、
多々あったかも知れません。

しかし、
困難があって、
試練に耐えて、
試練の中で忍耐が養える。

忍耐が、
より良い品性を生み出して、
人生に希望を与えてくれるようです。
そして、
救いの道も用意されてあるのです。

いえ、
救いの道と言うよりも、

僕に、
磨かれた品性を持たせて、
「新たなるステージへと導いた」
と言うのが正解かも知れません。

僕に、
新しいステージが用意されていたけれど、
まだ僕に、
そのステージに立つだけの力がなかった。

それで神様は、
僕に試練を与えられた。

そして試練の中で、
僕は忍耐力得て品性を磨かれた。

そして、
神様のご計画通りに、
新しいステージの前まで導かれたのです。

努力した結果の報酬ではなくて、

結果が用意されていて、
その結果を得るための訓練だったのです。

今まさに、
僕には新しいステージが用意されているようです。

神様からの啓示だと思う。

「転院を考えている」

という事がそれです。


転院は、
僕にとって新しいステージです。

そして、
とてつもなく不安です。
いえいえ、
正直言って不安しかありません。

今、
通っている病院では、
人間関係で嫌な目に合いますが、
それ以外では、
何のストレスがないです。

しかし、
電車に乗って他府県に通院するとなると、
かなり体がキツイです。

僕は車イスで生活をしています。
交通事故で脊髄を損傷し、
下半身の神経が麻痺していて歩けません。
また、
両足に床ずれが出来て、
両足を切断していますから、
どちらにせよ歩けません。

歩けない生活は、
車イスでカバー出来るから問題はないのですが、
僕が1番、
苦労している事が、
「排泄」に関する事です。

下半身の感覚が無いので、
「オシッコがしたい」だとか、
「大便が出そう」だとか、
そういう感覚がないのです。

出先で、
大便を漏らすことも多々ありました。

それはそれは、
恥ずかしいです。

大の大人が、
大人用のおむつを履いて出掛けます。

そして、
出先の公衆の面前で、
大便を漏らすのです。

臭くて、
周りの人達から白い目で見られます。

それが、
満員電車の中で、
大便を漏らしたらどうなるでしょうか?

僕自身も恥ずかしいですし、
周りの人達に、
臭い思いをさせて、
申し訳ない気持ちになるし、

周りの人達も、
仕事で疲れて帰る時に、
電車の中で、
臭い思いをさせられたら、
かわいそうでしょ?

そんな気持ちがあるから、
僕は、
出掛ける時は、
食事をしないようにしています。

というもは、
食事をして、
へたに腸を動かすと、
大便が出ちゃうことがあるからです。

出先で、
外食なども、
あまりしたくないのも、
そういった理由があるからです。

出先で用事が済んで、
帰路に付いた時、
初めて食事をする感じです。

通院する時も、
前日の夜8時以降は、
何も食べずに通院しています。

通院先の病院で、
大便を漏らすと、
周りの患者さんに迷惑を掛けますからね。

僕自身も、
恥ずかしい思いをしたくありませんし。


僕が病院を転院するという事は、
かなり、
非現実的な発想です。

出来る事ならば、
転院したくない。

そんな思いをしてまで、
週に3回の人工透析を受けるために、
電車で通院しようとも考えている。

しかし、
今、
「転院というキーワード」が示されている。

転院する事で、
僕はかなりのリスクがある。
不安がある。

①電車通院する体力があるのか?
②通院中の大便・小便に関しての問題は?
③悪天候の時の備えは出来るのか?
④転院先の病院での人間関係の問題は?

こういった不安があります。

逆に言えば、
この不安さえ解消されれば、
転院は困難な事ではありません。

不安を解消するべく、
今日、
転院を考えている病院へ見学に行くのです。

僕の不安は、
頭で考えて不安になっているものです。

実際に体験すれば、
不安が無くなる事もあります。

実際に電車に乗って、
病院へ行って、
病院を見て、
体験すれば、
安心すると思うのです。

それを確かめに、
今日は見学に行ってみます。

というか、
気持ちを固めるために行きます。

転院するという気持ちを、
固めるために行くのです。

今日は、
転院が出来ると感じたら、
ある程度、
内容を固めた話をしてこようと思います。

転院を希望する日時や、
段取りを、
大方決めておこうと思います。

僕は、
こういった内容の話を、
家族には伝えていません。

家族に伝えても、
答えが解っているからです。

家族の答えも解っているし、
僕が家族に言う答えも解っていますから、
何も言いません。

言って解る人間になら言いますが。

僕の中では、
転院する気持ちが固まっています。

見学に行って、
僕が電車通院するのに、
不都合があるかないか?
見てきます。

不都合を感じなければ、
転院の段取りをしてきます。

今、
通院している病院からも、
転院を許可して頂いていますし。


結局のところ、
僕が何故?
転院するのかと言うと、

人間関係でも何でもなくて、

「神様からの啓示」

だと思います。

今までの僕の人生を振りかえって、
体験してきた事と照らせ合わせると、
今、
転院する方向へと話が進んでいるのは、
神様からの啓示だと思うのです。

神様が、
僕に新しい、
人生のステージを用意して下さった。

そのステージには、
僕はまだ未熟で立てなかった。

そのために、
僕は病院で、
人間関係で揉まれたのだと思う。

人間関係で揉まれて、
良い具合に、
僕の心が成長出来たのだろうと思う。

そして今、
神様が用意して下さったステージへ向かう。

今日は、
そういう気持ちで見学に行ってきます。

まだ、
どうなるか?
解りませんが、
僕は、
神様が啓示されていることなのかな?
と思って、
転院を目指してみます。

転院が、
神様の計画ではない場合もありますから、

結果が、
どうなるか?
僕には解りません。

今日、
見学に行って、
僕が転院すると決めたとき、

それが、
神様の計画だったのだと思います。

僕が見学に行って、
転院する気持ちにならなかった場合、

他の道が用意されているかも知れません。

ちょっと、
ドキドキしています。

今は、不安しかありません。

でも、
行くしかない。

行ってきます。


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