心がモヤモヤしています。

家族とは、
血のつながりがあったり、
同じ家で共に生活をする人達の事を指します。

父と母がいて、
父と母が結ばれて子供が産まれる。

父と母は、
どういう理由で子供を作るのでしょうか?

僕は、
父と母に、
直接、そういった事を聞いたことが無い。

父は、
僕が中学生の頃に離婚して家を出て、
何年か前に孤独死していました。

母は、
今、母と同居生活をしている。

子供は、
「親を選んで生まれて来る。」
といった、
スピリチュアルな言い方をする人もいる。

また、
「子供は親を選べない。」
という表現もよく耳にする。

どちらにせよ、
家族と他人を比べると、
家族の方が血が繋がっていて、
関係性も強い。

しかし、
その家族よりも、
信じあえる他人がいる事も事実です。

言い換えると、
家族という枠組みの中にいても、
他人以下の扱いを受ける子供もいるのです。

親から虐待を受ける子供も多いです。
親がサイコパスだったり。
親がアスペルガー症候群だったり。
親が子供を食い物にしたり。

こういう事を書いても、
家柄が良くて、
育ちが良くて、
両親が豊かな心をもってられる、
そういう家庭で育った人たちには、
到底、理解出来ない事でしょう。

しかし、
現実に、
そういった家庭があります。
そんな家庭も多いと思います。

「隣の芝は青い」

だとか、
そんな言葉がありますが、
立派な家に住んでいて、
幸せそうな生活に見えていても、
実は、そうではない場合も多いです。


この社会で生きて行く時、
他人には、
さほど?気を使わなくてもいい。
いえ、他人の事なんてどうでもいい。

しかし、
家族が困っていたらどうですか?
少しばかりは気になりますよね?

それは、
家族という絆があるからです。

他人には、
その絆がないからスルー出来るのです。

絆がない分、
思いやりという「良心」があるから、
他人への心配りが出来ると思う。


しかし、
家族との絆が、
全ての家族が絆を持っているのか?
というと、
そうではないようです。

家族であって、
同じ家で共に暮らす他人な場合もある。

血が繋がっていても、
絆が持てない家族も多い。

やはり、
両親に、
サイコパスだとか、
アスペルガー症候群だとか、
そういった症状に偏った親がいたら、
家族の絆なんて無意味なことになる。


僕は最近、
やっと理解出来てきたのですが、
家族と仲が悪い家庭が多いと思う。

それは、
親がサイコパス的な性質に偏り過ぎた人。
親がアスペルガー症候群的な性質に偏り過ぎた人。
こういった理由が原因だと思うのです。

人間は、
生まれ持って罪を犯す性質を持って生まれてきます。
だから人間は、
罪を犯すのです。

聖書でいうところの、
「原罪」
というものです。

また、
サイコパスだとか、
アスペルガー症候群だとか、
全ての人間が、
そういった性質を持っているのです。

ただ、
その性質が、
少しだけ出る人もいれば、
たくさん出てしまう人もいる。

例えば、
芸能人の「蛭子能収:えびすよしかず」さんは、
アスペルガー症候群だと言わています。
サイコパスだとも言われています。

蛭子能収さんの、
普段の言動をネットで調べてみてください。

そうすれば、
サイコパスだとか、
アスペルガー症候群だとかという、
そういう症状が理解出来ると思います。

そういった両親に育てられた子供は、
幸せでしょうか?

また、
そういった症状を持った両親が、
どのような気持ちで子供を産もうとしたのか?

世間では、
結婚し、
子供を産もうとする家庭が多いでしょうけど、
子供を産む理由を、
ちゃんと持って子供を作ろうとしているのだろうか?

人間は、
「結婚したら子供を産むものでしょう?」
そんな理由で子供を作る人も多いのではないでしょうか?

子供を作る理由は何ですか?
ハッキリ言える人はいますか?

子供を産んで、
子供に働かせて、
自分は悠々自適に遊んで暮らしたいから?
それで子供を作るのですか?

そんな親がいるのも事実で
僕の身近にそんな親がいるので、
こんな記事が書けています。

あなたにとって、
家族って何ですか?

僕にとっての家族は、
深い言い方になるのですが、
分身です。

神様がこの世を創造されて、
この世界を創り、
地球を創り、
全ての動植物を作り、
人間を創られた。

人類最初の人がアダムです。

神様は、
人が1人でいるのは良くないと思い、
助け手となる人を創られた。

アダムに深い眠りを与え、
アダムの肋骨を取り出し、
肉でふさいでイブをお創りになった。

こうして男と女が出来たのです。
この二人から、
人類がこの世界に増えたのです。


僕は、
アダムの分身だと思っています。

アダムの遺伝子を、
何世紀もの間、
受け継いで受け継いで、
今、
この世にアダムの遺伝子を持った、
分身のような僕が存在するのだと。

ということで、
僕がアダムでって、
アダムが僕である。

アダムが神様に罪を犯したとき、
僕が罪を犯したのです。

こんな事を考えているとね、
自分の父親が僕であって、
母親も、
実は僕自身であって、
アダムから枝分かれ増えた人達は、
全てアダムの分身であって、
この世には、
自分しか存在しないのかも????って。

周りの人達は、
アダムの分身であって、
自分自身なのかなって???

姿かたちが違う、
自分なのかなって。

そう考えると、
他人は自分の分身ということになる。

そうなると、
他人を・・・
「大切に出来るかも?」
知れませんよね。

他人が、
実は自分の分身なのだったらね。


昨日、
母と喧嘩をしました。

言いたいことを言いました。
日頃のストレスが溜まり過ぎて、
「八つ当たり」
をしたと思う。

反省しています。

母よ、
ごめんな。

夜通し、
色いろ考えました。

考えても解りません。

取りあえず、
僕には少しの「良心」が残っています。

良心が指し示すことをやろうと思う。
母に対して、
悪いという気持ちがあるなら、
素直に母に謝罪します。

これからの生き方についても、
僕の小さな「良心」の指示に従って、
采配を決めたいです。


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