環境が変われば心も変わる

物事を簡単に考えると、
意外と簡単に問題が解決する事もあります。

ああだこうだと、
色いろと考えてしまうとキリがなくて、
余計に心配事が増えたりします。

また、
先に起こる出来事なんて、
我々人間に解る訳がないのです。

しかし、
先々で問題があると困るから、
不安な事に対しての、
「備え」は必要だとは思います。

備えさえ出来ていたならば、
安心して物事に取り掛かれますからね。

先々の事で、
心配ばかりして不安になるくらいなら、
心配事の備えをすれば良いのです。


僕は人間関係が下手です。
その原因は、
「気が弱い」からです。

気が弱くて何も言えないのです。

苦痛を味わって、
言い返せずに溜め込んで、
やがて心が怒りで満ちて、
爆発するのです。

そして相手を、
暴力で傷付けるのです。

過去、
そういう事を何度もしてきました。

そして今、
通院先の病院で、
人間関係で苦しんでいます。

苦しむと言っても、
相手に問題がある訳ではないのです。

相手は、
無意識に人を不愉快にする言動をする。

しかし、
僕は不快な気持ちにさせられて、
相手に文句を言うことが出来ないのです。

文句を言わず、
不満を心に溜めてしまうのです。

もし、
僕が、
相手から不快な言動をされた時に、
ちゃんとその場で、
「そういうことをされると嫌な気持ちになる」
と伝えていれば、
相手は僕が嫌な気持ちになったと気付くのです。

僕が、
嫌な気持ちになったと、
相手に伝えないから、
相手は気付かずに、
不快な言動を続けてしまうのです。

歯の治療中に、
言われますよね。
「痛かったら手を上げてください」と。

歯が、
痛くても我慢していたらどうなりますか?

痛かったら、
手を上げた方が楽になるでしょ?

手を上げなかったら、
ドクターはグリグリ続けますよね?

それを僕は、
手を上げずに、
ひたすら我慢していたのです。

こればかりは性格なので、
いきなりは変えれないですね。

勇気も必要ですし。

今、
人間関係で苦しんでいるけれど、
実は、
人間関係で苦しんでいるのではなかったようです。

僕の気が弱い心と葛藤していただけなのです。

他人とトラブルがあるのではなくて、
僕の心とトラブってたのです。

このまま、
この状態が続くと、
僕はノイローゼになります。

過去にも、
同じようなパターンで、
ノイローゼになりました。

その時、
救いの道が用意されていました。

通院先の病院で、
人間関係で苦しんでいて、
ノイローゼになっていました。

通院先の病院で、
治療が出来ない状態になり、
大きな病院へ転院しました。

環境が変わったその日から、
僕のストレスが無くなりました。
驚きました。

心が軽いのです。

嫌な人の顔を見ないだけで、
これだけの解放感があって、
心が軽くなって、
食事も美味しいのです。

それで、
僕の心を取り戻せたのです。

心が取り戻せたなら、
健康な思考が戻って来ます。
冷静な判断が出来るようになります。

そんなことで、
僕は環境を変える事で、
なんの努力もしないで、
心が取り戻せました。


今、
僕の心には、
ある人物への憎悪が溜まっている。

いくら僕が、
自己啓発書を読み漁って、
心の修行をしたとしても、
その人物の顔を見ると、
「殺せるなら殺してやりたい!」
と思ってしまうのです。

それくらいの憎悪をガマンしているのです。

言い換えると、
相手から、
それ程の事をされたという事です。

それ程の事をされて、
ガマンしているのです。

ガマンしているにも関わらず、
悪ふざけをされたり、
茶化しに来られるから、
それでまた怒りが込み上がって来るのです。

確信犯的に、
僕をからかっているのかも?知れません。

何も言い返せない僕を、
からかって、
どこまで?
からかえるのか?遊んでいるのかも知れませんね。

僕は、
礼儀作法がなっていない父から、
へんてこな礼儀作法を口うるさく躾けられたお陰で、
へんてこな習慣が身についた。

相手からされた事に対して、
「お礼と、仕返し」
はキッチリする習慣が身につきました。

親切にされたら、
親切を倍にして返してきました。

嫌な事をされたら、
同じことを倍にして返してきました。

上手く行けば、
来月の頭に転院出来るかもしれません。
出来ないかもしれませんけど。

「立つ鳥跡を濁さず」

何事もなかったように転院出来たら良いなと思う。

だから、
僕が転院するまでの間、
僕を茶化すようなマネはしないで欲しい。

出来る事なら、
僕に近寄らないで欲しい。

今、
このブログを読んでいる、
薄らハゲのあなたに言っているのです。

どうか、
僕が無事に転院出来る事を祈ってください。

どうか、
僕が薄らハゲのあなたに、
病院で暴言を吐かないでいいように、
僕を茶化しに来ないで下さい。

僕がいなくなれば、
あなたも仕事が楽しくなるでしょうに。

僕さえ、
この病院に居なければ、
あなたの益になるでしょう。

僕は、
転院することで、
きっと幸せな人生に変わるでしょう。


僕はコンビニが好きです。
よく買い物に行きます。

しかし、
愛想の悪い店員がいたら、
2度の、
そんなコンビニへは行きません。

なぜ?
嫌な思いをさせられてまで、
その店の売り上げに協力して、
その店員の仕事の手伝いをさせられて、
その店員の給料になるような事をしないといけないのだ?

その店員がムカつくなら、
その店に行かなければ良いのです。

僕は、
病院に、
嫌な人がいて、
嫌な人の顔を見たくなければ、
病院を変えたら済むだけの話。

コンビニと病院とでも、
理屈は同じでしょ?

良いサービスを提供する施設に、
ユーザーは行くのです。

サービスの悪い施設に、
行く義理なんてないのです。



IMG_5192.JPG


スポンサーリンク