あの人を嫌いになった理由

2015年5月22日に、
呼吸が出来なくなって、
自分で救急車を呼びました。

運ばれて、
すぐに入院となりました。

病名は慢性腎不全です。

そして、
中毒症状が出ていて危険な状態でした。

入院したのと同時に、
幻覚や幻聴が始まりました。

唇が渇いて、
上唇と下唇がくっ付いて離れません。
口を開くと血が出ます。

意識がもうろうとし、
喉が焼けるように熱く、
水を飲むと吐き出してしまう。

入院し、
4日目の朝に、
心臓の鼓動が激しくなってきて、
ベッドの上で、
体が飛び跳ねる感覚でした。

呼吸が出来なくなって、
ナースコールを押しました。
看護師さんが目の前に見えました。

息が出来なくて苦しくて、
苦しくて、
もう、
死を覚悟しました。

「仕方がないか」

というのが、
僕の最後の言葉でした。

仕方がないかと、
思って目を閉じて、
体の力を抜きました。

プチンっと、

部屋の電気を消して真っ暗になったような、
そんな感覚でした。

それが、
心臓が停止した時でした。

幸いなことに、
そこが病院だったから、
今がある訳です。

僕は死を経験しました。
どんなものか?を。

本当の死ではありませんが。
死ぬときの「痛み」はありませんでした。

死ぬ前の、
息が出来ない苦しみはありました。

そんなことで、
今は、
息苦しい場所に入ったり、
息を止めると恐ろしくなります。
体が恐怖を覚えているのでしょうね。

息を吹き返して、
人工透析が始まりました。
体中にチューブが刺さっていて、
大変な状態でした。

人工透析のお陰で、
何とか、
尿毒症の中毒症状も和らいできて、
幻覚や幻聴が治まりました。

入院先の病院では、
長い入院が出来ませんでした。
症状が落ち着いてきたので、
病院から退院を迫られました。

僕は、
家族と同居しています。

母と妹と弟、
そして僕の4人家族です。

家に帰って、
地元の病院へ通うことになるのですが、

母が僕の退院を拒みました。

「もう少し病院にいてくれ」と。

というのは、

病気の僕の看護なんて、
私には無理だと言うのです。

だから、
病院に居ててくれと言うのです。

どこか、
障害者を受け入れる施設にでも入ってくれと言うのです。

それを聞いて、
僕は辛かった。

こんな事を母から言われるのは、
2度目です。


僕は20歳の時に、
オートバイで事故を起こして、
脊髄を損傷し、下半身が麻痺しました。
車イスを使う生活になりました。

その頃、
僕は彼女とアパートで同棲していました。

14歳の時に、
両親が離婚しました。
4人兄弟の僕が、
家族を養うために高校進学を断念し、
中学を卒業してすぐに就職しました。

家族を養いました。
しかし、
母親に恋人が出来ました。

その恋人が、
僕の家族を養うことになった。

僕は何だか居場所を失って、
実家を追い出される形になりました。

そして、
15歳の終わりに、

アパートを借りて、
1人暮らしを始めたのです。

辛かったです。

僕の将来を捨てて、
家族を養おうと思った矢先に、
母から捨てられたような感じで。

そんな時に、
同じような境遇の彼女と出会って、
一緒に生活を始めたのです。

彼女の家もまた、
両親が離婚して同じような環境でした。

僕が住んでいたアパートは、
2階に部屋がありました。

当然、
車イスでは家に帰れません。

仕方がなく、
実家に帰ることを母に相談しました。

すると母は、

「この家ではお前は生活できないだろ!」

と言って、
僕の帰りを拒みました。

そして言いました。

「どこか、障害者の施設に入ってくれ」と。

僕は母に拒まれ、
彼女と住んでいた家にも帰れず、

そして、
施設を転々としました。

施設を転々とするなか、
彼女との距離が開きました。

いろいろありました。


20歳のときにも、

そうやって母に拒まれ、
腎不全になってからも、
母に拒まれました。

しかし、

退院しないといけません。

母では話にならないので、
同居の弟に泣きつきました。

何とか自宅に戻れました。
自宅に戻れても、
元々、
料理を作らない母は、
僕の料理を作ることでイライラしました。

腎不全ですから、

塩分を控えるだとか、
カリウム制限やリンの制限、
料理を作らない母にとっては、
それは大変でしたでしょう。

そんなことで、
今では、
僕は自分で食べるものを買って来て、
自分で調理して食べています。

退院して、
自宅に戻って、
地元のクリニックに通院します。

母親との関係はギクシャクしています。
喧嘩する毎日です。

母は口を開けば、

「施設に行けばいいのに」

と言われる。

本当に辛かった。

僕の居場所がなかったから。

病気の苦しみもそうですし、
通院先で注射の恐怖にも絶えないといけないし、
心の休まる所がありませんでした。

それで、
決心して、
障害者をうけいれてくれる施設に入所することにしました。

もう、
こんな家では暮らせないと思って。
辛くてね。
僕が家にいる事で迷惑だと言われるのですから。

実の母に。

しかし、
施設に入所は出来るのですが、
人工透析を受ける病院への、
通院手段がありませんでした。
車イスを使った生活をしている僕を、
送迎してくれる設備がなかったのです。

施設にも行けず、
母には白い目でみられ、
心が折れていました。


そんな時に、
通院先の男性スタッフに、
ついぽろりと、
泣き言を言ってしまったのです。

家族に助けを求めているんだけれど、
力になってくれないのだと。

すると、
男性スタッフが言いました。

「それは甘えているのです」

と。

僕は目の前の男性スタッフを、
本当に殺してやりたいと思いましたね。

僕の泣き言は、
「甘え」だったとしたら、
その甘えを、甘えなのだと反省します。

しかし、
僕の泣き言は、

「家族に甘えたいのに、甘えれない」

という泣き言なのです。

その泣き言自体が、
「甘えなんだ!」
と言われたら、
もう身も蓋もありません。

僕が実際、
家族の世話になっていて、
家族が協力してくれているのにもかかわらず、
不平不満を言っているならば、
それは甘えでしょうけれど、

僕の考えでは、

まだ甘えていなくて、
これから甘えさせて欲しいと願っているところなのです。

僕は、家族に泣きつかずに、
どこか頼れるところを探した方が良かったのでしょうか?

僕が暮らせる障害者施設を探して、
家族に迷惑を掛けない方が良かったのでしょうか。

そんな施設があるなら、
とっくに入所していたでしょうし。

僕は何故?
母から一緒に住みたくないと思われるのだろうか?

母は、
僕をどう思っているのだろうか?

悲しくてね。

それで、
家族以外の人に話をしたら、

「甘えている」と言われるのですから。


家族に甘えようとしていた事が、
甘えなのだとしたら、
それはダメな事だったのだろうか?

僕は、
家族に頼らず、
どうすれば良かったのでしょうか?

結局のところ、
今の生活は、
家の一角に、
僕が生活をするスペースを頂いて、
自分で出来る事はすべてやっている。

出来ない事だけ、
家族にお願いしている。

そんな生活が4年続いた今、
やっと家族と打ち解けられてきました。
家族の協力があるからです。

僕は、
家族に甘えれたから、
今の生活があります。

家族に甘えれなかったら、
僕は路頭に迷っていたでしょう。

路頭に迷ってしまって、
10日も人工透析を受けれなくなったら、
僕は中毒症状を起こして死にます。

家族に甘えれたから、
死なずに済んだのです。

僕の家庭の事を、
何も知らないくせに、
簡単に「甘えている」という言葉を発せられ、

僕は辛かったです。

家族に甘えようとしていた事が、
甘えなんだ!と言われても、
それでも辛いです。

甘えないと、
生きて行けませんでしたからね。
当時の僕は。

今僕は、
家族に甘えさせて貰えて幸せです。
家族に感謝しています。

すぐに、
「甘えるな!」
という言葉を使う人に聞きたい。

僕は甘えたらダメだったのだろうか?
そして、

どんな理由があって、
甘えたらダメだったのだろうか?

甘えずに、
どうすれば良かったのだろうか

甘えるなと言う、
あなたは他人や家族に甘えたことはないのだろうか?

あなたは、
生まれてから1度も、
家族に甘えたことは無いのだろうか?

あなたは、
家族を1度も甘やかしたことは無いのだろうか?

それを聞きたい。
自分の事を棚に上げて、
偉そうなことを言う人も多いからね。


僕は、
家族に甘えないと生きて行けませんでした。

無神経な人間に、
「甘えるな!」と言われて、
家族に甘えていなかったならば、
僕は今、
生きてはいなかったでしょうね。

家族に甘えれたからこそ、
今の僕があるのです。

僕は無力でした。
やれる力がなかった。

やれる力があるのに、
やらないなら、
それは甘えでしょうけれどね。


そんな事で、
あの人を嫌いになったのでした。

嫌いになったという程度のものではありません。
それ以来、
今日までの3年半の間、
その人を「殺してやりたい!」
と思いながら生活していました。

好き嫌いといった類のことではなくて、
それ程の憎しみを抱えて、
その憎しみを抑えて生活していました。

殺せるものなら殺してやりたい人物です。

それほどまでに、
悔しかったのです。

「甘えている」と、
簡単に言われたことが。

ただ、
僕の愚痴を聞くのが面倒で、
「甘えている」
と言えば、
僕が文句を言えなくなる。

僕の愚痴を聞くのが嫌だから、
甘えているという言葉を使って、
「自分の事は自分でしろ」
と軽率な言葉を使ったのだと思っています。

その人の「甘えている」という言葉は、
僕の心に響くどころか、
殺意を抱かせました。


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