今年から「猫を被る」のは止めます。

僕は慢性腎不全という病気を発症し、
かなり気が弱くなっていたようです。

言いたい事が言えないのは、
昔からの性格でしたが、

それにも増して、
気が弱くなっていました。

病気を発症する前は、
かなりの毒舌だったのです。

それがどうでしょうか?

敬語を使って、
自分と他人との間に壁をこしらえている。

好きな女性に、
素直に好きだと言えずに、
遠回しに好きなんだとアピールしたりだとか、
バカげたことをしている。

通院先の医療従事者からバカにされ、
文句を言い返せないでいる。

文句を言い返せないから、
どんどんバカにされる。

あれほど、
毒を吐いていた僕が、
こんなにも気が弱くなった理由は何だろうか?

それは、
自分に自信がなかったからです。

毒を吐いていた頃の僕は、
インターネットの、
小さな世界でしたけれど、
その世界では力があったのです。

日々の努力によって、
積み重ねた経験が、
僕を大きな存在にしてくれた。

だから、
僕は強かった。
だから、
吠えれたのでした。


今はどうでしょうか?

病気になって、
生活もままならない。

病気になって、
右も左も解らない。

病気になって、
先の見通しが利かない。

病気の苦しさと、
将来の不安と、
情けなさで、
ぼろ雑巾のようでした。

しかし、
心の奥底に眠っていた、
僕のスピリットが、
目を覚ましたのです。

何故?
目が覚めたのでしょうか?

それは、
怒りです。

怒りの感情が、
心を揺さぶりました。

揺さぶられた心が、
僕のスピリットを目覚めさせたのです。

若き日の、
僕の魂が目覚め始めたのです。

傾奇者の僕が、
目覚めたのです。

しかし、
今の僕は、
若き日の傾奇者ではありません。

僕には、
そんなに長生きできる生命力はありません。
病気ですからね。

いつ死んでもおかしくないような、
というか、
10日も人工透析に行かなければ、
死んじゃう体です。

だからこそ、
若き日の傾奇者以上に、
傾く事が出来るのです。

スーパー傾奇者なのです。

死を恐れず、
というより、
もう、
棺桶に腰まで入り込んでいる状態ですから、
強いのです。

捨て身で闘えるから、
強いのです。

言いたいことを、
言えるのです。

殺すなら殺してみろ!と、
言えるのです。

ってか、
殺してくれた方が、
早く天国に行けて、
天国で幸せになれるから、
その方が得なんです。

人ってね、
死ぬ気になれば、
何でも出来るというか、
怖い物なんて無くなるのです。

だって、
この世で一番、
怖い物ってなんですか???

妻の怒った顔ですか?

この世で一番、
恐ろしくて、
怖い物って言うのは、
「死」です。

もっと掘り下げていうと、
死んで、
神様の前に立たされて、
罪の清算をする事に、
恐怖を抱いているのです。

本能的に。

その、
罪の裁きに恐れおののいて、
人は死を恐れるのだろ思うのです。

人は、
神なんていない!と吠えますが、

神が存在しない証拠を見せれるのでしょうか?
神がいないなら、
あなたは何の目的で、
どうやってこの世界に来たのですか?

そして、
死んで、
あなたはどこへ行くのですか?

死んだら無になるという人がいるけれど、
どうして、
死んだこともない人が、
死んだら無になる事を知っているのですか?
夢でも見ているんですか?
起きていますか?

「死んだら無になる証拠」
を見せてごらんなさいよと。

もし、
死んで無にならなかった場合、
あなたは責任を取れるのですか?

死んだら、
責任も取れないじゃないの。

責任も取って貰えないじゃないの。

僕は死んだら天国に行く。
その根拠は、
聖書に書かれているからです。

聖書に書かれている事を、
僕は信じているのです。

僕は、
他人に聖書を信じろとは言いません。
強要はしません。

その人が、
天国へ行こうと、
地獄へ行こうと、
自己責任だと思っています。

ただ、
僕は聖書を神の言葉と信じているとは、
言いますけれどね。

また、
家族や、
愛する女性だけは、
天国へ行くために、
神の言葉を信じてもらいたいです。


話が反れましたが、
僕の眠っていたスピリットが、
この新年早々に目覚めたみたい。

今年の僕は、
捨て身です。

去年まで、
通院先の薫ちゃん愛していました。

今なら、
堂々と言えるから言いました。

しかし、
去年で全て、
心をリセットしました。

心のリセットボタンを押しました。

今は、
無の状態。

これから僕の歴史を作る感じ。

これから、
愛する女性を探す感じ。

何事も最初が肝心。

また、
最初にかましておけば、
弾みがついて楽な場合がある。

最初に「かます」とは、
例えば、
転職した会社で、
舐められないように堂々と振る舞うような意味です。

堂々と振る舞っておくと、
そういったイメージが定着します。

転職して、
最初の内は、
他人にペコペコしていて、
さあ、会社に慣れて、
威風堂々と振る舞おうと思っても、
ペコペコしているイメージが、
すでに定着している物ですから、
威風堂々と振る舞えなくなるのです。

ということで、
年が明けて、
新年早々に、
僕は心のスピリットが目覚めて、

新年早々に、
威風堂々と生活をする事を宣言するのです。

そうすると楽なのです。

新年ということを利用して、
気持ちを高揚させるんです。


今年は、
堂々と生きてやるぞ。

俺らしく、
堂々といきてやる。

そして、
素敵な女性と愛し合いたい。
そんな女性を求めてみたい。

去年までは、
腐った皮を被った俺でした。

腐った皮を脱いで、
堂々と生きて行きます。

宣言します。

堂々と生きて行きます。

花の慶次という漫画の主人公のように、

今年は傾奇者として、
堂々と生きて行きます。


最後に、

去年、
ハッキリ言えなかったから、
今、
ハッキリ言っておく。

薫ちゃんを愛してたよ。
大好きだったよ。

去年の、
薫ちゃんの誕生に、
ガジュマルを贈ったけど、
外来の人目に付かないところに、
置きやがったみたい。

それって、
俺が好きな女性へ、
プレゼントを贈ったことへの、
嫌がらせなのだろうか?


俺は、
薫ちゃんを愛していたから、
病院で腹が立つことがあっても、
我慢出来たと思う。


しかし、
去年の年末に、
心をリセットしたから、
去年までの一切のことは、
もう忘れます。

なかった事にします。

今年、
今から、
新しい歴史を作ります。

もう、
堂々と俺らしく生きて行きます。


新しい歴史を刻んでいきます。

俺の歴史を。



正月で、
酔っぱらっている訳ではありませんよ。( ´艸`)

これくらいの意思表明をしないとね。


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