心の余裕、心の豊かさ、心の向き。

この世の中には、
たくさんの自己啓発的な教えがあります。

その中で、
僕が最近、
学んでいて幸せを実感することがあります。

「引き寄せの法則」です。

心のありかた次第で、
現実の世界が変わるということです。


YouTube動画や、
いろんな本を読んでいると、
引き寄せの法則というのは、
僕なりの例えでいうと、
「開き直る」
という言葉になるんです。

言い方は間違っているかも知れませんが、
恋愛に関して例えると、

好きな女性がいたとします。
見る度に素敵だなって思います。

あんな素敵な女性と、
こんな僕が、
「釣り合うはずがない」
と思いがちになります。

それが、
自信がある男性ならば、
「あの女性を手に入れよう!」
とアプローチします。

しかし、
執着心が強すぎて、
焦りが見えて、
下心も見えて、
女性から警戒されることもある。


自信のない男性は、
「どうせ俺なんて相手にされないんだ。」
「それなら普通に接しよう。」
それで、
好きな女性に普通に接していると、
その下心もなく、
素直な接し方が、
女性の好感を得る場合があるのです。

その、
「開き直り」
という行動が、
良かったりする場合もあるんです。

また、
開き直りと少し違うのですが、

「運」を利用するんです。

もし、
何かの奇跡で?
運が良ければ?

好きな女性と仲良くなって、
友達になれたら素敵だな。

そして、
友達付き合いして行く中で、
お互いの良い部分も、
悪い部分も知って、
「恋が芽生える」
かも知れません。

そういう展開になったら、
「めちゃんこ嬉しいよね♪」
という想像をすることも、
良い効果を生むそうなんです。


よく、
宝くじが当選した時の事を考えると、
とても楽しくなります。

そういった類のイメージなんです。

自分の心が、
そういったワクワクした気持ちでいる時に、
幸せが舞い込んでくるのです。

それが、
「引き寄せの法則」
の状態なのです。


なので、
今、
好きな人がいるならば、
自分の心に素直になることです。

素直に、
その人の「何が好きなのか?」
考えるんです。

素直に、
あの人の、
こういったところが好きだなって。

そして、
もっと、
今、あの人と接して幸せだった気持ちを、
味わいたいな!と思うと良いのです。

「あの人と恋人同士になったら、
自分は幸せになるんだ!」

ではなくて、
もう、
いま、
その人と接していて幸せなんです。

だから、
また今度、
接する機会があると良いな!
と思えば良いのです。


今、
好きな人がいるなら、
その人と接している「時間」を大切にする事です。

その時間を「味わう」のです。

大袈裟な例えですが、
「明日の命の保証はありませんから」

明日、
僕達は生きているっていう、
保障なんてないでしょ?

だったら、
今、
生きている間、
好きな人を、
好きでいないとね。

大切にしないとね。

大切な人の幸せを考えるならば、
悲しいけれど、
自ら退く勇気も必要ですし。

他の人と結ばれるのが、
その人の幸せかも知れませんから。


大切にすると、
相手からも大切にされます。

だから、
僕は好きな人を大切にしようと思うのです。

それに気付いたから。


好きな人を大切にしても、
その人と結ばれるか?
というと、
そうではない場合もあるでしょう。

でも、
自分の気持ちに素直になって、
好きな人を大切にしたい。

結果が、どうであれね。

他人を、
そうやって大切にしていれば、
他人からも大切にされると思いますし。


まず、
自分が相手を大切にすること。

自分も、
他人から大切にされたら、
相手を大切にしようと思うでしょう?

それと同じなのです。


この世界で生きて行く上での、
成功方程式というか、
自己啓発的な事がたくさんあります。


僕的には、
「開き直り」
ってのが、
幸運を招くコツだと思っています。

この世界を生きて行く上でのコツです。


それらの考え方は、
あくまでも、
「この世の話し」
なんです。

生きているこの世界での話。

死んだらどうなるの?

死後の世界でも、
引き寄せの法則なんかが使えるの?

ってか、
死後の世界ってあるんですか?って話。


この世界で、
上手に暮らすための哲学はたくさんある。

しかし、
人は、
この世を去ってしまいます。

この世を去って、
あの世に行くのか、
どこに行くのか解りません。

何の為の、
哲学なのでしょうか?


やはり、
人は、
「死を目の前にしたら無力」です。

「死を克服」することは不可能です。


僕は歴史が好きでした。
人類誕生の謎を追っていくと、
世界最古の本という、
「聖書」に出会いました。

最も古い人類が書き残した書物。

そこに、
人類誕生の「謎」が書かれているのだと。


僕は、
聖書を学んで、
人類の誕生、
人類の今後、
全てを学びました。

残念な言い方ですが、
この世界は、
「終わった世界」
なのです。

終った世界から、
新しい世界への架け橋となったのが、
イエス・キリストの十字架ということ。

クリスチャンと呼ばれる人たちは、
極端な言い方をすると、
「この世には未練がないのです」

大袈裟な言い方をすると、
明日、
死んでも平気なのです。

死後、
永遠の命が与えられ、
新しい世界が用意されているからです。

その人の死がやってくるまで、
聖書の言葉に相応しい生き方をする事で、
この終わった世界でも、
神様の愛を受けながら生きて行けるのです。


アダムとイブが、
罪を犯したがゆえに、
人間は死ななければいけない生き物となった。
この世界が呪われたのです。

アダムとイブの子孫が私たちです。
歴史は続いています。

この宇宙や世界を創造された神様にとってみれば、
5000年であろうと、1憶年であろうと、
ほんの一瞬でしょう。


クリスチャンは、
この世の幸せを望んでいません。
というか、
目指すのは死後の、
天国なんです。

この地上で、
天国を望みながら生きています。


そういった事で、
辛い事があっても、
悲しいことがあっても、
天国を望むことで耐えれるのです。

もし、
天国がなければ・・・
聖書に書かれている事が、
うそっぱちならば、
クリスチャンという人達はバカですよね。


イエス・キリストの弟子たちは、
自分の身の危険を顧みず、
イエス・キリストの福音を述べ伝えました。
多くの人達が殺されました。

自分の命を懸けて、
イエス・キリストの福音を語って行ったのです。

そこまで信じ切れたのは、
なぜでしょうか?

イエス・キリストが、
十字架にかけられ死にました。

しかし、
3日目に甦って、
多くの弟子たちの前に現れました。

それを、
弟子たちは見ているんです。

だから、
死をも恐れず、
イエス・キリストを信じれたのでしょう。


変な言い方ですが、
クリスチャンというのは、
イエス・キリストが、
死んで3日目に甦ったと信じる人々なんです。

死後、
新しい世界が用意されていて、
永遠の命を約束されている人達なんです。


だから、
この世界で生きていて、
幸せでも、
不幸せでも、
どちらでも良いと言えば良いのかも。

天国に行けば、
永遠の命が頂けるのだから。

そういった、
「心の余裕」があるんです。

僕は、
間違った聖書の解釈をしているかも知れませんので、
ご自身で、
聖書を学んでみてくださいね。


この世界だけを考えて、
この世界で生きて行く上でのコツは、
「引き寄せの法則」
は効果的です。

しかし、
この世界は、
「死んだら終わりではない???」
という不安がある場合、

聖書に書かれている事に、
少し触れてみると、
希望が持てると思うのです。

人が、
死んで終わりならば、
「引き寄せの法則」
が有効かも知れません。


しかし、
人は死んで終わりではないとしたら、
「引き寄せの法則」
だけでは不足かも知れません。


死後の世界の事も、
この世界事も、
全てを解決させてくれるのは、
「聖書」だと信じています。



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