「意識」で「価値」が変わる

毎週3回、
通っている病院で、
「騒音問題」に悩まされています。

僕は4時間の人工透析を受けています。
隠していた訳ではなくて、
病気の記事を書いても、
面白くないから書かないようにしています。

騒音問題というのは、
1人の老人が、
「痰(たん)が絡む」
たびに、
大きな音を立てます。

痰が絡んで、
ガーガー叫ぶように、
大きな音を出す。

仕方がない事。

本人にとっては、
とても辛い事。


しかし、
僕にとっては、
迷惑極まりない。


人には人の、
「苦手な音」がある。

例えば、
その老人が出す音が、
黒板に爪を立てて、
「キーキー」と引っかくような、
あの忌まわしい音と同じくらいに、
苦手な人もいるだろう。

僕は苦手だ。


病室のフロアには、
20人ほどの患者がいる。

他の人達は、
あの老人が出す音を、
苦手と思わないのだろうか?

よく我慢しているなと感心している。


その老人の騒音を、
病院側に苦情を申し立ててもダメです。

というのも、
答えが想像出来るからです。

「他の患者さんも我慢しているから」
という返答が返って来るでしょう。

また、
「嫌なら他の病院へ行けば?」
みたいな態度を取られたら、
身も蓋もない。


と言う事で、
何か策を考えないと、
あの忌まわしい騒音を聴いていると、
精神的に参ってしまう。

そこで思いついたのが、
「耳栓」です。

いつも、
音楽プレイヤーで音楽を聴いて、
騒音を紛らわしているのですが、
それでも聞こえてきます。

それで、
耳栓を付けて、
その上でイヤホンを付けて、
大音量で音楽を聴いています。

しかし、
思うのです。

「何で?
耳栓を買って、
ヘッドフォンを買って、
迷惑を掛けられている側が、
出費をしてまで対策しないといけないのだ?」と。

理不尽だよなって。


騒音は、
耳栓と音楽プレイヤーで、
解決したものの、

気分的には、
納得いかない。

騒音を受ける、
被害者感覚が抜けきれない。
僕は心の狭い人間です。


しかし、
そんな心の狭い僕の意識が変わりました。

・どうせ音楽を聴くなら、
音楽を楽しもう!

・どうせ聴くなら、
ためになるようなものを聴こう!

騒音対策で、
耳栓と音楽プレイヤーを使っていましたが、

それは、
被害を対策する意識でやっている事。

被害意識があるから、
病院へ行って、
あの老人を見ると腹が立つ。


しかし、
自分の「学び」として、
4時間の治療時間を使って、
音楽プレイヤーで、
「自己啓発」をすれば、
自分の成長になる。

そういう意識が持てました。


騒音を打ち消そうと思っていると、
相手を恨んでしまう。

しかし、
騒音を聞えないようにするのではなくて、
4時間という時間を使って、
自己啓発をしていると思うと、
他人への怒りは芽生えません。


という事で、
意識を変えてみました。

密閉式のヘッドフォンを購入しました。

音楽プレイヤーに、
聖書を朗読した音源を入れました。

自己啓発CDを入れました。

ソルフェジオ528という音源を入れました。


4時間の治療時間を使って、
自分を磨く時間に変えました。


騒音を紛らわすだけの4時間が、
自己啓発が出来る4時間に変わりました。


考え方、
意識を変えると、

価値が変わって来るようです。


ヘッドホン 密閉型.JPG


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