人を傷つける人の幼少期

今は心が穏やかです。
「知識と経験」が、
心を穏やかにしてくれている部分もあります。


知識と経験が浅い時、
「あいつ、ぶん殴ってやろうか!!!」
と思うような人達が多かった。

でも、
知識と経験が豊かになると、
「あの人には罪がないよ。」
と擁護できたりするんです。



若い頃、
大嫌いな知り合いがいました。

・口を開けば人の悪口。

・他人の欠点を見つけては、
 そこを批評する人です。

・人の不幸を喜ぶような人です。

・自分がこの世で1番でありたい人です。

・他人の話を最後まで聞けない人です。

・自分は褒められたいけど他人を褒めない人です。


俗にいう、
「自己愛性人格障害」を持った方です。

それを通り越した、
「サイコパス」的な方かも知れません。


僕は、その人物と接触すると、
いつも「ぶん殴ってやろうと」思ってしまう。

実際に、
ぶん殴ってやったこともある。


会うと気分が悪くなるから、
その方とは接触する機会を断つようにしました。


しかし、ある時、
思うことがありました。
ぶん殴った罪悪感もあって。

「あの人って、何で? あんな性格なんだ?」と。

生まれた時から、
あんな性格だったのだろうか?

その人との会話を思い出すと、
子供の頃の「不遇を漏らしていた事」があった。

親からの暴力だとか、
親から愛情を注がれていなかった事、
そういう事があって、
歪んだ性格を生み出したのかも知れません。


そう考えると、
歪んだ心の持ち主にならされた、
その人って「かわいそう」じゃないですか?

子供って、
親が頼りです。


親の愛情を受けなければ、
他人への愛情の示し方が解らなくなるものです。

自分の愛し方も解らないのです。

辛い幼少期を過ごして、
殺伐とした心に成長してしまったが故に、
人の不幸を喜ぶような人間性になったのでしょう。


僕は、
そういったことを理解出来るまでは、
ぶん殴ってやりたかったし、
ぶん殴ってやりましたし、
僕の理にかなわない事は、
間違いだと判断しました。

僕もまた、
自分勝手だったと思います。

「他人の心の傷」も知らないで。


物事には「原因」があって「結果」がある。

その人が、
人の不幸を喜ぶような性格になったのにも、
原因があるのです。

その原因を探って行くと、
理由が解ります。


ということで、
人間関係で問題が起きた時、
僕はまず、
「自分の非を認める」努力をします。

自分に間違いが無かったか?
確認します。
間違いがあったなら、
素直に謝罪します。


自分に間違いがない場合は、
相手の責任なのか?というと、
そうではない。

相手には相手の主観があります。
僕には僕の主観があります。

お互いの主観が合致しなくて、
折り合いが付かなかったのかも知れません。

また、
一方的に相手に落度がある場合もある。

もし、
一方的に相手の落度があった場合、
道徳的に欠落した言動をしていた場合は、
その人の「生い立ち」を探ると、
答えが出る場合があります。


人間関係で問題が起きた時、
腹を立てるのは簡単です。

腹を立てて解決できるならば、
腹を立てた方が良い。

でも、
腹を立てても得はありません。


腹が立つ理由を、
原因を追究して行くと、
原因が解ります。

原因が解ったら、
問題が解決することがあります。

解決しない場合もあります。

でも、
心のわだかまりは、解消出来そうです。


人を傷付けてしまう人は、
本当に、かわいそうです。

親からの愛情を受けていないのですから。

自分を愛せないのですから。


もし、
自分が親から愛情を受けていなかったら???

自分も、
人を傷つけていたかも知れないのですから。


その違いが判る人は幸いです。

恵まれています。


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