自分にとって「苦手な人」ってどんな人?

「十人十色」という、
ことわざがあるように、
人は1人1人の「個性」がある。

違う個性を持った者同士で、
意見が食い違うこともある。

その逆も然り。


今から3年前、
僕には苦手な人がたくさんいた。

顔も見たくない人、
顔を見たら殴ってやりたくなる人、
人の話を最後まで聞けずに否定ばかりする人、
上からものを言う人、
他人を虫けら扱いする人、

数え上げたらきりがない。


でも、
3年経った現在、
苦手な人がいません。


極端な話ですが、
嫌いな人とは会話しませんし、
顔も見ないようにしますし、
声さえも聴かないようにしますから。

僕の意識の中に、
嫌いな人を入り込ませないようにすると、
嫌いな人を意識しないで済みます。

意識さえしなければ、
嫌いだということさえも、
思い出すことがないのです。


「見ない・聴かない・話さない」

これは、
ただの応急処置のようなものですが、
実際の所、
嫌いな人を見ると気分が悪くなるのは事実です。


そもそも、
なぜ?
人を嫌いになるのだろうか???


一方的に、
無神経な言動を繰り返す人がいる。
相手に問題がある場合も多い。

また、
自分に問題がある場合もある。


嫌味を言われて気分が悪くなる。
相手から、
嫌味を言われた時、
「何で嫌味を言われないといけないのか?」
考えてください。

自分が、
嫌味を言われることをしていなかったか?

自分が、
相手から「ねたまれる」ことをしなかったか?


何事にも、
「原因と結果」があります。

人から嫌味を言われるのにも原因がある。

その原因が、
自分が発端の時もある。

自分の言動を見つめ直して、
改めて行動すれば、
嫌味を言われることが減ることもあるでしょう。


自分の言動を正して、
それでも相手から嫌味を言われるようであれば、
相手に問題があるのでしょう。


相手の一方的な嫌がらせだとか、
ねたみ、ひがみだったとしたら、
相手には、ちゃんと報いがあるでしょう。


そういう事で、
苦手な人を創り出しているのは、
「自分自身」だったりする。


自分の言動に対して嫌味を言われ、
それを嫌味だと受け止めて、
相手を嫌いになる。

嫌味を言われるようなことをしておいて、
それを反省しないで逆切れする。

嫌味を言われてしまうような自分の言動を、
注意された事実を認めたくなくて、
相手が嫌味を言う姑息な人間と決めつけ、
自分を擁護する。


やはり人は、
自分が可愛いのです。


そうやって、
自分を可愛がってしまうから、
他人を嫌いになってしまうのかも。


自分を可愛がってしまおうとする、
自分という者の奴隷になっている。


この世で苦手な人というのは、
自分自身なのかも知れませんね。

自分が苦手な人間。

苦手な人間の、
ご機嫌を取って、
顔色を見ながら生活している。


この世のどこかに、
自分の言動を修正出来る書物があると助かる。

探せば見つかるはず。

僕は見つけました。

聖書です。


聖書という「物差し」を通して、
自分を計ってみます。

この世で1番苦手な人、
それは僕自身。


僕自身を愛せたなら、
他人を愛せるだろうと思う。

まず、
自分を愛そうと思います。

そして、
自分を愛するように、
他人を愛したいです。


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