「良い事」と「悪い事」

「生きていたら良い事があるから」という言葉を、
たまに聴くことがある。

大変な思いをした方へ、
「励ましの言葉」で使ったりするようです。

また、
大変な思いをした方を利用して、
「私って素敵な事を語っている!」
と、称賛されたくて使う人がいるのも事実。


僕は、
後者のようなタイプの人が、
「生きていたら良い事があるから」
という言葉を発していたら、
こう言います。

「生きていたら良い事もあるでしょうが、
 生きていたら悪い事もあるからね。」


ある本を読むと、
「運」というのは「コイントス」のようなものだそうです。

コイントスをすると、
表と裏が出る確率は、ほぼ同じだそうです。

時の運も、
コイントスのような確立かも知れません。
そう考えると、
運が悪いなと思っていても、
その内、
運が良くなるのだから、
「もう少しの辛抱だ!」
と頑張れると思うのです。



そもそも、
良い事と悪い事の「違い」は何でしょうか?

自分にとって好都合と感じたら、
「良い事」になるのだろうか?

自分にとって不都合と感じたら、
「悪い事」になるのだろうか?



自分にとっては悪い事でも、
他人が見ると良い事に見える事もある。

その逆も然り。



物事の良し悪しは、
自分が「決めている」のでしょうね。



例えばの話しですが、
若手の歌手がリハーサルで大失敗をしてしまった。
自信を無くして、
不安で押し潰されそうになっている。


僕は、それを見て「良い事」だと思った。
当事者と僕との意識の違いがあります。


当事者は、
「本番で失敗したらどうしよう」
と考えて不安になります。


しかし、僕の考えは、
「本番ではなくてリハーサルで失敗しておいて良かった。」
と思うのです。


失敗してしまったけれど、
失敗した「原因」を解明して、
本番で失敗しないようにする。

そして、
もし、失敗した場合の為の、
「リカバリー」が出来るようにしておく。

こういったことが準備出来るので、
僕は、
リハーサルでの大失敗が、
良かった出来事に映るのです。



こういう風に、
良い事、悪い事、
判断しているのは「自分自身」です。

悪い出来事だったとしても、
その原因を探って行くと、
自分が「やらかした」ことの結果だったりする。


だとすれば、
悪い出来事が起きないような言動をしていれば、
それなりの結果が出るはずです。

そして、
たとえそれが悪い出来事だったとしても、
掘り下げて考えて行くと、
「良い出来事」になる場合も多い。



というか、
考え方次第で、
悪い出来事が良い出来事に変わります。


そういった意識を持ち続けると、
この世からは、
悪い出来事が無くなってしまいます。

あくまでも、
「道徳の範囲内」の話しです。


考え方次第で、
道が開ける事もあるようです。


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