「良い事」と「悪い事」を判定しているのは誰?

生きていれば、
「良い事」も、
「悪い事」も、
コイントスのような割合で、
同じように起きてしまうようです。

そう考えると、
悪い事が続いたとしても、
必ず、
良い事が起きるのですから、
不安があっても、
耐えることが出来そうですね。

「あと少しの辛抱だ!」と。


ところで、
その、
「良い事」と、
「悪い事」というのは、
どういう事だろうか?

自分にとっての不都合だから、
悪い事なのだろうか?

自分にとって都合が良いから、
良い事になってしまうのでしょうか?


どうせなら、
良い事尽くめな人生の方が良いですよね。

その、
良い事・悪い事の判定をしているのは誰ですか?

自分自身ですよね?


自分が良いと思っていても、
他人が、
「それは失敗だよね?」
などと言われて、
それを鵜呑みにして、
「悪い事だと判定」してしまう事もある。

世間体で自分を計ってしまうと、
悪い事になる場合も多い。

ということは、
自分で、
自分の「良い事」・「悪い事」を、
勝手に作り上げている可能性があります。


例えば、
僕は通院生活を送っていて、
通院する日ではない日に、
家でお腹を下してしまった。

それを、
「どう解釈するか?」です。


家で、下痢になってしまったら、
僕の場合は「良かったと思う」のです。

何故かというと、
僕は、
身体が不自由で車イス生活をしています。
病院で下痢になると、
病院のトイレが使えなくて、
大変なことになる。

今、こうして、
自宅で下痢になったら、
出すものを出して後始末も出来ます。

僕としては、
家にいる時に下痢になっておいて良かったのです。


そういう風に、
自分が失敗したな・・・
だとか、
これは不運だな・・・
と思った事でも、

自分の「取り方」・「考え方」次第で、
「良い事」にもなりますし、
「悪い事」にもなるようです。


もし仮に、
100%自分の過失で、
大失敗をしたとします。
完全なる失敗です。

それを、
「どう考える」かです。

失敗を失敗と認めて、
失敗の原因を探って、
反省して、
修正して、
改善して、
成功させれば、
挽回できます。

その失敗は、
ただの失敗ではなくて、
「経験」となるはずです。

自分が失敗したことが無い人は、
他人の失敗に厳しい所があったりする。

しかし、
失敗を経験した人は、
その辛さも知っている。

だから、
失敗をした人を責めないだろうし、
失敗しても、
リカバリーの方法を教えれ上げれたりする。

そういった経験でのメリットがある。

そう捉えると、
失敗も、
ただの失敗では終わりません。

失敗して、
その失敗を、
そのままにしておくから、
失敗だけが残ります。

失敗したままにせず、
修復すれば、
成功になるかも知れません。


失敗と、
成功というのは、

「失敗するやり方」を体験した。
「成功するやり方」を体験した。

それだけの事です。


自分が、
「これで良い」と思えば、
それが良い事になります。

自分の考え方次第で、
良い事にも悪い事にもなる。

発想を転換させると、
良い事だらけになる。


たとえ、悪いことがあったとしても、
それを悪い事だと「思うか」「思わないか」で、
意識が変わって来ます。


何でもかんでも、
正当化すると、
それは問題が起きますが。(笑)

あくまでも、道徳的にね。


この失敗があったから、
天狗になっていた、
自分の鼻をへし折られて、
自分を見つめ直すことが出来た。


そういう感じで、
良い発想が出来たら幸いです。







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