透析患者と医療従事者との「温度差」って?

僕は慢性腎不全で人工透析を受けています。
今年で4年目になります。

僕が通院し、
人工透析を受けている意識について書いてみます。


僕は病院へ行って、
医療従事者の方々に治療をして頂いている。
とても感謝しています。

その病院へ行くのにも、
送迎スタッフさん達に送り迎えして頂き、
何の問題も無く治療を受けれている。

病気になったのは、
あくまでも、自分の責任です。
自堕落な生活習慣が招いた病気です。
*僕の場合はね。


自堕落な生活をしていて、
このような病気になったのは自業自得です。

自業自得ってのは、
あくまでも僕個人の事。

僕個人のルーズな生活習慣で病気になって、
国民健康保険制度によって、
莫大な医療費を使っている。

それはそれは、
自分勝手にも程があると感じてしまう。

しかし、
医療費を自腹で払えるか?
というと無理です。


そういう立場なんです。
自分の立場をわきまえないとね。


病気の治療が受けれることに、
感謝することが、
僕にとっては当たり前のことです。
それが前提になっています。


病院には病院の経営方針がある。
病院は、
慈善事業ではなくて事業でしょうし。

事業であって、
そこで働く従業員がいて、
従業員は給料を貰うために働いている。

その従業員に、
「慈善」を求めるから辛くなるのかなって。
患者はね。


もしも、
自分が医療従事者の立場だったらどうだろうか?

たまたま、自分が今、
患者だから、
患者の立場でしか物事がみれない。

医療従事者の立場なんて解りませんし。


患者からしてみれば、
医療従事者の言動は、「他人事」なんです。


また、
その逆も然りで、
医療従事者からしてみれば、
患者の言動は、「他人事」なんです。


つまるところ、
自分の事以外は、
所詮、「他人事」でしかないようです。


透析患者が、
医療従事者に向かって、
「患者の気持ちを考えろ!」
と言っても、無駄な話なのです。

そういう透析患者に、
僕は言いたい。

「医療従事者の方々の気持ちも考えろ!」と。


人には人の意志があると思う。

仕事をして、
お給料を貰うために働く。
その職場が病院だった。

病院で働いていたら、
患者から怒られる。

「患者の気持ちを考えろ!」と。

患者の気持ちを考えるのが仕事なのだろうか?

医療従事者の方々は、
治療に専念するのが仕事ではないだろうか?

患者の気持ちに寄り添った治療というと、
それはそれは、素晴らしい事です。

そういう事が出来る医療従事者の方々も多い。

しかし、
普通にサラリーマンとして働く、
医療従事者の方々も多い。


そういった、
両面を見てしまうから、
患者は、
「あの人は思いやりがあるのに!」
等と、偏見を持ってしまうのでしょうかね。


僕は、この記事で、
医療従事者の方々の肩を持っているのではない。

わがままを言いたい放題言う患者を、
叱責している訳でもない。

「患者の気持ちを考えろ!」
という患者は、
自分の事しか考えていません。

所詮、医療従事者の方々事なんて、
「他人事」なんです。


そうなんですよ、
患者がそうであるように、
医療従事者の方々も、
同じなのだと思うのですよ。

医療従事者の方々から見て、
患者なんて「他人事」なんです。


医療従事者の方々が、
仮に、
自分が腎臓を患って、
人工透析を受け始めると、
そこで初めて、
解る事もあるでしょうから。

人工透析を受ける必要のない人に、
人工透析の辛さなんて解りっこないのですよ。

それを、
透析患者は、
医療従事者の方々に、
「患者の気持ちを考えろ!」と吠えるのですよ。

解りっこないのにね。(笑)


患者自身も、
医療従事者の方々の苦労なんて、
解りっこないのと同じですしね。

所詮、他人事なんです。

それが、
温度差の正体なのかなって思うのです。


自分が病気になった。
誰の責任ですか?
自分の責任ですか?

自分の責任で病気になったのなら、
他の人に文句を言うのはおかしいでしょ?

自分の不注意で病気になっておいて、
社会を恨むのは筋違いでしょう?


社会を恨むなら、
その社会福祉制度を利用しないで、
社会に頼らないで、
サッサと違う世界へ行けばいいんじゃないの?

それを追求されると、
「家族の名誉に傷がつく」
と言い訳が始まる。

その、
家族の名誉を気付付けているのは、
どこのどいつでしょうか?


病気を認めると、
病気に負けて、
自分が自分で無くなると言う人がいる。

いえいえ、
あなたは、腎臓が弱っていて、
人工透析を受けないといけない体ですよ。

それを、病気というのですよ。

どこから見ても病気なのですよ。

それで、
病院に通っているのでしょ?

腎臓で毒素を排泄出来ないから、
病院へ来てるんでしょ?

死にたくないから病院へ来ているんでしょ?

家族の名誉を守るために、
病院へ来ているのですか?

家族の名誉を守るならば、
その前に、
あなたの食生活を見直しなさいよ。

あなたの酷い食生活が、
あなたの家族の名誉を傷付けていることに、
早く気付かないと。


もし、
あたの家族の中に、
医療従事者がいたとする。

あなたの娘が、
医療従事者だったとする。


あなたがダラシナイ食生活をしていたら、
あなたにダラシナイ食生活をさせている、
その娘が恥をかくことになるだろう。

そう思いませんか?

医療従事者なのに、
父親に、
ダラシナイ食生活をさせるだなんて、
「どういうことだ?」
と世間は非難しませんか?

「それでも医療従事者なのか?」

と、世間から非難されなせんか?


僕は、ある透析患者に、
そのような事を、
同じような事を言いました。


それ以来、
その方は、
病院では、
僕と顔を合わさないようになりました。

知り合った時は、
僕に色々と、
食生活の事を聞いたりしてきましたが、
始めっから、
食生活なんかに興味がなかったようです。

僕という存在に興味があったのでしょう。

僕が、どんな意識を持って、
体重管理をしていて、
どんな人生感を持って生きているのか?

それが知りたくて近寄ってきたみたい。

僕の人生感を知って、
自分の人生感との違いを知って、

関心がないから離れて行った。


その方は、
僕のブログの読者でもありました。

今日、
この記事は、
その人に宛てた記事です。


この記事を読んでいるのか?
解りませんが。


たまたま、
前回の透析後に、
その方の話題が出たので、
記事にしただけの事ですが。


僕のブログは、
誰かに宛てて書いている記事も多いです。

その記事が、
たまたま、
読者の方の現状と一致して、
不快になる方々もおられるかと思います。

そういった、
不快な気持ちにさせるときがあって、
申し訳ありません。


でも、
書いている内容に、
刺激を受ける人もいれば、
何の関心も興味も持たない人もいる。

僕の記事を読んで、
腹を立てる人も多い。

僕の記事を読んで、
「そんなこと言われなくてもやっている」
という方も多いでしょう。


そういう事なんです。

僕の記事を読んで、
腹を立てる人は、
多分、
「自分に腹を立てている」
かも知れませんよ。


僕が書く記事に腹を立ててしまう、
自分に腹が立つのだと思う。

自分に腹が立つというのは、

「出来ない自分」

という事。


意志が弱い自分に腹が立ったりね。


それは、
僕から言わせると、
刺激があって良い事だと思う。

僕の記事を読んで、
腹を立てるだけ、
まだ救いがあると思う。


僕の体重管理についての記事を読んで、
何の関心もない人は、
「ちゃんと出来ている人」です。

その他に、
「体重管理なんて意識の無い人」です。

僕の記事を読んで、
腹を立てる人は、
「頑張ろうとしている人」だと思う。
だから、まだ救いがある。


体重管理が出来るのと、
出来ないのとでは大違いだと思う。

体重管理が出来れば、
食生活も楽しくなるでしょうから。

また、
人工透析を受けていても、
大幅な除水量で、
しんどい思いをしなくて済むでしょうし。

より、健康的な生活に偏るのではないでしょうか。


どうせ、
死ぬまで生きていないと、
いけないのですから、

しんどい思いをして生きるより、
少しでも楽しんで死んでいく方が、
マシじゃないですか?

どうせ死んで終わりならば、
苦しみが少ない方が良いんじゃないですか?


食生活の改善で、
生活習慣の改善で、
人生が楽になると、

「思考が変わる」

と思うのです。

しんどい生活をしていると、
悪い思考になりがちです。


しかし、
少しの楽しみを感じる生活をしていると、
いくぶんか、
心が開放的になっています。


心の平安は、
食生活や生活習慣で補えると思う。

言い換えると、
食生活や生活習慣の安定が、
心の平安を提供してくれるのかも知れませんね。


心に平安があれば、
思考も変わって、
人生感が変わるかも知れませんね。


究極な言い方ですが、
人の楽しみって、
「食」につきるかなって。

汗を流して働いて、
食を得ることが、
人間の楽しみなのかなって。


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