言葉を「読む」と相手の心理が見えてくる。

今年の2月からメダカを飼っています。
とても可愛いです。

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メダカは、
同じ屋根の下で暮らす、家族の一員です。


僕には、身体的な理由があって、
子供に恵まれません。

自分から発信した家族へ、
愛情を注ぐことが出来ません。


そんなことで、
メダカを飼う事で、
僕には「愛情を注ぐ対象」が出来ました。

やはり、人間って、
「愛情を注ぐ」生き物なのだなって。


それは、
人間が、
愛情を注がれている生物だからだと思うし。

愛情を注ぐ対象として創られた生き物だから。



愛のある生活は、
優しい心を取り戻させてくれます。


恋愛とはまた違って、
メダカへの愛情は、
メダカから返ってきます。


いくら好きな女性がいたとしても、
相手が、
僕に興味がなければ何も始まらない。

片想いという、
一方通行が果てしなく続くのも、
いい加減、しんどい。


メダカは、
愛情を注ぐと、応えてくれる。

僕は、メダカに愛情を注ぐことで、
何らかの見返りを求めているのだろうか?


メダカに恩を売って、
メダカから玉手箱のような物を貰おうとしているのか?



それとも、
水槽という小さな世界を作って、
それを眺めて、
その世界を征服しているのは俺だ!
といった、
征服感を味わいたくて飼っているのだろうか?



いいえ、違います。

上手く表現が出来ませんが、

「一緒に生きているんだ。」

と感じれることが嬉しいのかも。


結局のところ、
自己満足の世界なのかも知れませんね。

僕のエゴかもね。



僕がメダカを飼っていて、
多くの方が口を揃えて言います。

「大変そうですね」と。

車イスを使った生活をしていますので、
大きな水槽を持ち運びするのは無理。
大変です。


しかし、
水槽の水の入れ替えや、
フィルターの掃除、
水槽の手入れと管理、
エサやり、
毎日の日課です。

それらを見て、
「大変そうですね」ということでしょう。



その言葉を聞いて、
僕はその人の心理をみます。

「大変そう」と思う、その人には、
メダカなんて「興味がない」のだろうと思うのです。

だから、
そう言う人には、
「大変そうですね」と言われたら、
「メダカが好きだから出来るのでしょうね」と切り返します。


もっと深く、
いろんな意味で捉えると、

「大変そうですね」=「メダカに興味はない」

「大変そうですね」=「そんな事をして何の得があるの?」

「大変そうですね」=「私にメダカを飼えと押し付けないで!」

「大変そうですね」=「そこまでするメダカにどんな魅力があるの?」



こういった心理も、
場合によっては、受けてれる事もある。


僕としては、
メダカの飼育が大変だと思った事は1度もない。



もっと、水槽が置けるスペースがあれば、
もっと、水槽が増えただろうと思う。

そして、
仕事を頑張って、
庭付きの家を借りて、
メダカを中心とした生活をしたいと努力している。

また、
宝くじを当てて、
一攫千金で、
メダカと暮らすための土地を買って、
メダカと生活をする夢さえ描いているほどです。


僕にとってお金は、
メダカと暮らすための道具でしかない。

お金が欲しい訳ではない。

メダカとの楽しい暮らしが欲しいのです。




必要な物を手に入れるための道具として、
お金というものがある。

必要な物を、
自力で調達できれば、
お金なんて必要ない。




また、
好きな事をしていると、
案外、
お金って回って来るような気がします。

必要な時に、
必要なだけ、
お金が回って来るようです。



僕は、遊ぶお金には不自由しないようです。
若い頃からね。

遊ぶ、趣味、
それらにお金をつぎ込んできました。

貯金なんてしません。

今は、少しずつ貯金をしています。
1人暮らしをするためにですが。



他人には、
大変そうに見えることでも、
自分が好きでやっていると、
大変でも何でもないものです。

他人が大変そうに見るのは、
他人が、それに興味がないだけ。

興味がないから、
大変そうに見えるのでしょう。



興味があれば、
共感したくなる会話が出てくると思う。

前向きな言葉がでるはずです。



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