他人に期待しない

僕は持病があって通院生活をしています。

若い頃から、何度も大ケガをして入院することが多かったです。
大きな病気になって、通院生活もしています。

病院に対しての意識が、年々、変わってきています。
というか、
大きな病気を抱えてしまってから、
意識が変わったようです。

それまでの病院では、
「頑張って治療してケガを、病気を治しましょう!」
とうケガや病気がほとんどでした。

しかし、
今、僕が抱えている病気は、
「慢性腎不全」という病気で、
「治らない病気」と定義されている病気です。


この病気になってから、
医療従事者への意識が変わりました。

僕の意識が変わったのか?
医療従事者を見ていて、意識が変わったのか?
どちらとも言えませんが、
どちらも影響があったのは間違いないでしょう。


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僕は若い頃から、オートバイの修理など、
壊れた物を修理し直すことが好きでした。
オートバイなんかも、新車を買うより、
解体屋の事故車を買って来て、
部品をより集めて完成させたオートバイを乗っていたくらいです。

そんな性格なので、
いざ、自分が病気になったりしちゃうと、
性格が出て、「病気を治そう!」と燃えちゃうのです。

ケガをしたら、
必死でリハビリをして、治そうとします。

それが、
今回の「治らない病気」を抱えてしまって、
どうも、しっくりこないんです。


僕がいつも体重管理をしている、
本当のところは、
本心は、
「治らない病気を治してやろう!」
そういう想いが根底にあるのだろ、
最近になって、感じてきました。

うなずけます。
僕はそういう性格ですから。

ただ、
医者の前では言いません。
治らない病気を治そうとしている事を知られたら、
バカにされるからです。

現に、
通院先のドクターにバカにされましたのでね。

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この病気は、
治らない病気だという前提ですから、
治そうと努力しようにも、努力が出来ない。

その変わり、食生活の制限があって、
その制限を守ることが大切。

治療といっても、
僕の場合は、4時間、ベッドの上で寝ているだです。

人工透析が終わったら、家に帰る。
週に3回、それを死ぬまで繰り返す。

人工透析を受けるのが大前提の人生。

気持ちを切り替えないと、
ちょっと感覚がおかしくなっちゃいます。

普通の病気じゃないんだと、
意識を変えないといけません。


通院先の病院から、
治療方針を立てられ、病院からの指導を受ける。
「〇〇を摂り過ぎたらダメですよ!」と警告されたり、
「除水量が多いですよ!」と注意されたり、
あれやこれやと、死ぬまで指導を受け続けるのは、
拷問に近いでしょう。

泣き言を言うと、
「自堕落な生活をしてきたツケでしょ!」
と怒られる。


何も言えず、
ただ、だまって透析を受けて、
治療が終われば帰る、そんな繰り返し。
僕は去年まで、そういった通院生活を送っていました。

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しかし、去年の年末からは違います。

自分の意思で病気と上手に付き合っています。

病院からの指導を受けて、健康管理をしているのではなくて、

自分の病気を、自分で調べて、
自分の病気がどのような物なのか?

何故、こんな病気になったのか?

原因を追究し、解明し、

病気になった事を悔やみました。
悲しみました。

そして、反省しました。


反省し、今後の生活スタイルを考えました。

自分の病気は、こういった病気で、
まだオシッコが出てくれる。

人工透析を受けていると、オシッコが出なくなると言います。
病気を発症した時は、
「そうなんだ・・・」ってなくらいの意識でした。

こんな病気になったら、
治らない病気になったら、もう絶望的だよな・・・って。

しかし、
こんなポンコツな肉体でも、
死ぬまでは生きていないといけません。

死のうにも、自分では死ねませんしね。

それなら、
今の生活を、快適にするには、どうすればいいのか?
考えました。

自分の病気は、自分が向き合って行かないとね。

・自分の病気に合わせた食生活ってどんなだろ?
 調べました。

・オシッコが出るけど、出なくなるって?なんでだろ?
 調べました。
  自分で調べないと、こういう事は誰も教えてくれませんでしたから。


人工透析を受けていて、除水をしてしまうと、
残された腎機能がオシッコを作るのを「休んでしまう」のです。

休んでしまった腎臓が、どんどん衰退していき、
使い物にならなくなるようです。


ってことは、
除水をしなければ、腎臓は温存できるのではないか?
そう思ったのです。

何故? 誰もそういった事を教えてくれないのだろうか?
何故? 医療従事者は、そういう指導をしてくれないのだろうか?


不思議でなりません。


そこには、
「どうせ治らない病気だから」
という意識があるからでしょうね。


「どうせ、透析を受けていたらオシッコはでなくなるから」
という意識があるのでしょうね。


医療従事者サイドが、そういう意識ですと、
患者にも伝わると思います。

その逆も然りで、
患者が、「どうせ治らない病気だろ!」という意識を持っていると、
いくら治療法を説明しても、患者には響かないですよね。
患者にやる気がなければ。

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僕は、自分の病気は自分で治す意識を持っています。
治らない病気だけど、
治らないなりに、
今の残された腎機能を温存したいがために努力します。

医療従事者には期待しません。
期待して、裏切られたら、やる気が失せますので。

そもそも、自分の病気ですから。
自分の病気も自己管理しないといけないと思っていますし。

他人が、僕の病気の世話なんてしてくれませんからね。
また、して欲しいとも思いませんし。
そんな迷惑を掛けたくありませんからね。


僕は、僕の食生活、私生活を工夫して、
自分の病気に合わせて生活をしています。

自分で出来ない治療を、
病院に行って、医療従事者の方々にお願いしています。
僕には出来ない医療行為ですから。

そのほか、食生活の管理、体重の管理は、
徹底的に管理しています。
それが患者の義務だと思うからです。

医療従事者の方々が、責任を持って治療をして下さる。
その責任に応えるためにも、
自己管理は必要です。


自分の自己管理も出来ないくせに、
医療従事者に文句なんて言えませんからね。



医療従事者の方々は、
「仕事をして給料を頂く」のです。
慈善事業でも、人生相談をしているのでもなく、
ボランティアをしている訳でもない。
仕事という責任ある医療行為をしてくれているんです。

僕は、
医療従事者の方々に、同情してもらいたいという、
甘ったれた気持ちが強かったと思います。

医療現場で働く方々なら、患者の気持ちをわかってくれるだろう・・
そう期待していた時期がありました。
でも、間違いでした。

期待しても、無駄でした。

相手は、仕事をしているのですから。

同情して欲しいなら、
そういった傷の舐めあいが出来る所に行けばいいのです。
そういう同じような人が集まって、
グダグダ傷の舐めあいをしていれば良いのです。

それで気が済むのなら。


他人に期待して、裏切られるより、
自分の意思で、進路を決めて、
目標を決めて邁進する方が良いです。
自分の事ですからね。


通院していて、
病院から指導を受けて通院するのか?

自分の意思で、治療方針を決めて、
自分の意見を伝えて、
自分ができない治療を病院にお願いする。


病院から指導を受けて、
死ぬまで病院の指導に繋がれて生きて、
死ぬまで「やらされる」人生を送るのか、
意識の改革で、解放されると思います。



僕は今、自分の意思で、
体重管理をして、摂生生活をしています。
病院からの指導はありません。
受けませんし。

受けないというのは、語弊がありますが、
指導を、
受けなくても良いような食生活をしているってことです。


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