今日の哲学

「まいにち哲学」という本を読んでいます。

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毎日、
日めくりカレンダーのように読む本です。


いろんな哲学者の言葉が、1ページに書かれています。
解説を読んで、やっと意味が理解出来るといった、
難しい言葉も多いです。

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今日の言葉は、
「V・E/フランクル」さんが書いた言葉で、
「知らない」ことの本音の部分を説いていました。

事情を知らないで、人に迷惑を掛ける事もある。
そういったとき、
「いえいえ、私はそんなこと、知らなかったのです」
と言い訳ができるのです。

自分に関係ないことは、
極力、知らないでいる方が「無難」な事も多い。


知らないでいれば、
「私は知らなかった」といって「逃げる事」が出来るからです。


責任回避の方法として、
自分の逃げ道を用意しておくために、
知らないでいるのかも知れませんね。

また、
知っていても、知らない振りをしたり。
見て見ぬ振りをしたり。


そういう逃げ道的な「知らない」という手段があって、
また、
知らない方が、自分が悲しく、
辛くならなくて済むような事もあって、
あえて、知りたくない事もあります。

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以前、好きな女性がいました。
学生時代に好きだった女性に似ていて、
気が付けば、その女性の事を考えていました。

でも、
その女性とは、ほとんど会話をしません。
どんな女性なのか?
まったく知りません。

でも、
話をする機会があって、
話をしている様子などを見たり、
相手の言動を見ていると、
何だか、自分がイメージしていた女性像と、
どんどんズレていきます。

というのは、
僕の「思い込みが強かった」のでしょうね。

学生時代に好きだった女性と、
好きになった女性を「重ねて」見ていたのでしょうね。

そして、
その女性の事を、ほとんど何も知らないから、
ほんの少しの手がかりを見つけては、
プロファイリングをしていたのでしょう。

血液型が「◎型」だから、
「案外、恋愛なども損得勘定で計算する人かも?」
なんてイメージしたり。

そんな事をイメージしていると、
どんどん苦しくなってきました。

もう、好きな女性の詮索をするのは止めよう・・・
詮索すると、
どんどん嫌いになって行くじゃないか・・・

そんなことで、
好きになった女性を、
好きになった時の状態のままで、好きでいました。
ってか、もう終わった片想いですが。

片想いという前提だったので、
好きな女性が、ずっと、
僕の「アイドル」でいて欲しかったのです。

どうにかなる恋ではなかったので、
ずっと好きでいるためには、
その女性を「アイドル」にすれば良いと思ったのでした。

言うならば、
会いに行けるアイドルのAKB48みたいなアイドルで。

アイドルの綺麗なところだけを見て、
応援して、癒されたかったのです。

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また、
違った形の「知りたくなかった」ことですが、

僕は20歳の時に、
初めてキリスト教会の門をくぐりました。

交通事故で、車イス生活になり、
人生のどん底にいたからでした。

教会堂に通い始めて、
2年ほど、聖書に触れてきました。

聖書に書かれている事が、
ある程度は飲み込めていました。

でも、
聖書に書かれている事を信じると決心したら、
自分の生活を全て、信仰生活に切り替えないといけなくなる。
そういった恐怖というか、不安というか、
自分は、ろくでもない人生を歩んできた人間だし、
今更、綺麗事を言った生活をするのも、おこがましかったし。

何より、
自分の罪を認めて、自分が無力な創られたものだと認めるのが、
恐ろしかったんです。
認めると、恐ろしくて。

真理を知りたいくせに、
真理を知ると、恐ろしいくせに、
真理を知ると、もう言い訳できないし、
でも、真理を知って、導かれたい思いが強いし。

そういう葛藤がありました。

廻りのクリスチャン達を見ると、
「あの人達みたいに、地味な服装で生活して」
「あの人達みたいに、真面目な言動で生活して」
何か偽善者っぽい真似事をするのが嫌でした。

だから、
ずっと、真理を知ってしまっていたのに、
知らない振りをしていました。


今日の哲学の言葉は、
こういう事を思い出させる、
素敵な哲学の言葉でした。

ありがとうございました。













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