ナルシズム

毎日、本を読むのが日課です。

読むと言っても、
「一日一文」の本で、
日めくりカレンダー式に読む本です。

「まいにち哲学」という本です。

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1日に、1人の哲学者の言葉を読みます。
年間を通して、多くの哲学者の言葉が学べます。

哲学者の言葉があって、
その言葉の意味を考えて、
解説を読んで、
自分の感じ取った哲学の言葉がどうだったか?
自己評価します。



中には、
解説を読んでも、理解に苦しむ言葉もありました。

読んで、
物凄く共感できる言葉もあります。

その哲学者と、
似たような個性があるから、
共感できたのかも知れませんね。


今日の言葉は、端折って言うと、
「自己愛が強すぎると、自分を客観的に見れなくなる」
と言ったような言葉でした。

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ナルシシズム、ナルシズム、ナルシスト、
よく似た言葉がありますが、
簡単に言うと「自己愛」の強い人ということです。



人は、
自分が頭で妄想したことを、
客観的に見て、現実と妄想との区別を計ります。

しかし、
自己愛の強い人は、
客観的に物事を判断しないので、
「自分にとって得?損か?で判断」
しやすい傾向にあるという。



自己愛の強い人と、
自己中な人とは、また違うと思います。



変な言い方ですが、
自己中の方は、自分が損してでも目立ちたい。
そう言う人もいます。
損得勘定がなくて、ただ、目立ちたい人も多いようです。
目立つためなら、人に優しく出来たりもする。



そして、
自己愛の強い人は、
とにかく、自分の事しか考えない人。
得にならない事なら、完全に拒否し、
少しでも得することならば、
プライドを捨ててまでも、
長いものに蒔かれようとするとうです。



自己愛の強い人は、
他の人から嫌われることが多いでしょう。
僕が嫌いになる人、ケンカする人のほとんどが、
自己愛の強い人です。

自分の利益の為なら、
友達をも利用したり、裏切ったり、
平気で嘘をつく人も多かった。

強い人には媚びて、
弱い人には偉そうにして。


僕の知り合いに居ました。
そう言う人がたくさんいました。


学生時代にも、
そんなのがいました。

先輩たちや、
ケンカの強い仲間と一緒に居る時は、
他校の学生たちと出会うと、粋がってメンチを切ったり、
ケンカを吹っ掛けたりする。

しかし、
自分が1人の時や、
向こうからケンカの強そうな人が来ると、
道路の端っこを、下を向いて歩くのですから。

その変わりようがね、
見ていてこっけいなんです。


強い人には、ヘコヘコして、
弱い人間には、ケンカを吹っ掛ける。

見ていて、こちらが恥ずかしくなる。

その人は、
「自分で自分の好行為」が解らないんですね。

自己愛が強いから、
客観的に自分がしている情けない行動が、
解らないんでしょうね。



自己愛の強い人が、
自分の行為を、ビデオテープで録画して観たら、
少しは恥ずかしい行為だと理解出来るのだろうか。
出来ないのでしょうね。(笑)

そういう、自己愛が強いのも、
ある意味「個性」なのかもしれませんね。



反対に、
僕はどちらかと言うと、
他人の目を気にし過ぎるきらいがあって、
「客観的」に見てしまい過ぎるようです。

いわゆる、世間体を気にしてしまう性格なのでしょうね。
当たり障りのない生活をしていれば、
もめ事はおこらないだろ。
そんな感じの性格です。

しかし、
他人の目を気にし過ぎるために、
「自分自身がどんな人間なのか?」
自分の個性を見失っています。

僕の場合は、もっと、
自己愛を持たないといけないようです。(笑)


何にしろ、
「偏りすぎるといけない」のでしょうね。



もう、中途半端に偏るなら、
「特化」しちゃう方が良いのかも?

「アイツは変人」
の域まで達したらいいのだろうか?

特化した人達が、
哲学者だとか、数学者だとか、
それぞれの分野の能力者なのでしょうし。


取りあえず、
僕は、
「損得勘定」で物事を考えるような人や、
人情の無い人とは共生は出来ないです。

仲良くもなりたくない。

自分の事も客観的に見れて、
相手の事も考えてあげれて、
臨機応変に会話を出来るような人になりたいです。



そんな人と、共生して行きたいです。


僕が、
そういう思いを胸に抱いて生活をしていれば、
その思いが具現化され、
具現化された世界が始まると思う。

仮に、
自分がネガティブな思いを発信していると、
廻りの社会がそのように見えてきます。
自己催眠を掛けるようなものです。
心で思った事を、思い続けるとね。


それならば、
どうせならば、
ポジティブな思い、発想を抱いていれば、
廻りの社会がそろのように見えてくるならば、
そちらの方が良いでしょうね。


「アイツは、俺にウソを付いている!」
って、いつも思い込んでいると、
「アイツは、ウソを付く人間だから、
こんなこともするんだろうな!
あんな悪いこともするんだろうな!」
どんどん悪いイメージを膨らませて、
勝手にイライラして、
相手を凶悪犯に仕上げてしまう訳です。



全て、
自分の「思い込み」が膨らんだ妄想なのですがね。


心で思うならば、
「良い事」を想い続けましょうね。


僕はね、
自己愛の強い人に惚れたことがあってね。
そう言う人だとは、知らなくて。
その人を知る度に、幻滅する毎日でした。


幻滅はしたものの、
惚れたということは、
良い所もあったのでしょう。


人が人を好きになる理由の1つに、
「自分に足りないもの」を持つ、
相手に興味を抱くことがあるようです。



お互いの「不足を補い合える」存在が、
良いパートナーでもあるようです。

僕の「不足しているもの」とは?
それが「自己愛」だったのです。


だから、
自己愛が足りない僕は、
自己愛が多すぎる人を好きになった。
自己愛を真似たかった。


反対に、
自己愛の強い人が
「客観的」に見れる人に興味を持った。
客観的に見る方法に関心があった。


お互いの不足を補い合うには、
ベストな組み合わせです。

この両者が共生することで、
調和され、バランスが良くなるかも知れません。
そして、
愛しあえれば、最高のパートナーになれるかも知れません。






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