新天地への希望


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新天地への希望  作者:高瀬浩司
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新天地への希望

作者:高瀬浩司

脊髄を損傷し下半身に麻痺があります。
また、両足を切断し、車イスを利用しています。
ダメ押しと言いましょうか、慢性腎不全で人工透析も受けています。

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慢性腎不全になったのがきっかけで、
社会の中へと舞い戻ることになりました。

それまでの生活は、
心を塞いで、家で引きこもり生活をしていました。

しかし、
人工透析をするためには、週に3回も、
家から出ないといけません。

病気も、治療も苦痛でしたが、
何よりも「人間関係」が苦痛でなりませんでした。

10年ほど自宅から1歩も出ず、
人との関わりを断って、引きこもり生活をしていたので、
通院生活を始めた頃は、とてもしんどかったです。


今は、何とか慣れてきたものの、
やっぱり人間関係は、しんどくて苦痛です。

嫌いな人間に対しても、
気配りをしないといけない。
治療して頂くのだから。
お世話になるのだから。

お世話になっていて、
なぜ?
通院先の医療従事者を嫌いになるんだ?
不思議に思うのですが、嫌いなんですよね。


僕の気持ちや努力、
そういった事を何も知らずに、
僕の言い分も聞かずに、
杓子定規に理屈を並べ立てられて、
常識を押し付けてくる。

だから嫌い。
なんの根拠も無いことを強要されるから嫌い。
あの顔を見ていると、しんどくなるから嫌い。

嫌いだと思うと、
益々、嫌いになって、
病院に行くのも億劫になるので、
嫌いと思わずに、
その人を「カメムシ」だと思うようにしている。

カメムシを、刺激さえしなければ、
臭くない。

病院でカメムシを見たら、
相手にしない。
見ないようにする。
目と目が合うと、こっちに飛んでくるから。

そのために、
極力、メガネを掛けないで通院する。
カメムシを見なくて済む。

嫌いな人が居る場合、
とにかく、
「見ざる」
「言わざる」
「聞かざる」

を徹底します。

そうしないと、嫌な思いをしますから。


嫌な思いをして、
怒りを爆発させてしまうと、
これから、その病院には通えなくなります。

だから、
我慢するしかない。
我慢の限界もあるので、
こうしてブログを書いて、遠回しに抗議する。
ストレスを発散させる。

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通院するとき、
送迎車の窓から見える景色は、
とても懐かしく悲しいです。

五体満足な身体で、
住み慣れた街々を眺めるのであれば、
懐かしく想い出を噛みしめれるだろう。

けれど、
不自由な身体で、
住み慣れた街々を眺めると、
悲しく、想い出と現状のギャップに苦しめられます。


いつもバイクで走っていた道路。
当時と何も変わらないほど、同じ道路。
バイクに乗って走っていた時の感触を、
まだ覚えています。

その道を通るたびに、
ハンドルから伝わる、道路の凸凹の感触が甦る。

でも、
バイクには乗れない。
乗りたいと・・・、思ってしまいます。

しかし、
乗りたいと思ってしまうと、
それが僕の首を絞めてしまう事になるで、
バイクに乗りたいと思わないようにしている。


病院から帰る時、
中学生の時に好きだった女性の家のすぐ近くを通る。
僕の、今のこんな姿を見せたくないな。
そう思っちゃう。


よく食べに行った中華料理店。
今は、車イスでは店内に入れない。
こんチキショー。


病院の帰りに、
彼女と暮らしていたアパートの前を通ったこともある。
涙が出そうだった。

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この街の、
どこを眺めても、辛くなるだけ。

「懐かしさ」、
そんな事よりも、
惨めな気持ちが勝る。

想い出の数だけ、悲しみに暮れちゃう。

こんなことなら、
想い出を捨てればいい。

でも、捨てても捨てても、
街を見たら、想い出が甦る。

甦った想い出と、
今の状態の、
ギャップの大きさに苦しくなる。

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去年、奈良県を出て、
大阪府の病院で入院していました。

大阪府の、その地は、
初めて暮らす街でした。
知っている人もいません。
頼る人もいません。
話し相手もいません。
友達なんていませんから、
相談する相手もいません。


でもね、
物凄く「居心地が良かった」のでした。

それは、
僕の過去を知る人が、誰も居ないから。

僕も、その土地を、
その土地の人達の過去を知らないし、
見るもの全てが新しかったから。

過去を思い出して、
悲しい思いをすることはありませんでした。



なんだか、
「この街で、人生を、1からやり直せそうだ!」
そう、思えるほどに、
心が自由になれたのです。


地元の奈良県では、
良い想い出も、悪い想い出もあります。
どちらを思い出しても、辛いです。

でも、
初めて暮らす街だと、
想い出に振り回されず、
今を生きれると思うのです。
僕の場合はね。


そんなことで、
僕は、
生まれ故郷の富山県に行きたいと願っているのだと思う。

もう一度、
助けて頂いたこの命、
命が尽きるまで、
何かに挑戦したい。
人生を味わいたい。
世の役に立ちたい、助けて頂いた恩返しをしたい。

でも、
奈良県に居ては、それが出来ないかも。
奈良県に居るだけで、
僕は想い出に押しつぶされて、
しんどいのです。


この街から逃げたいのです。


大阪府で味わった、
知らない土地で過ごす幸せ。

幸せを体験したのです。

だから、
その幸せを求めて、
富山県を目指す。

富山県で暮らしたい。

京都でも良い。

京都で暮らすなら、
京都競馬場の近くが良い。

武豊さんのサインを貰いに行けるから。
いつの日か、アエロリットにも触りたい。

お金を貯めて、
引っ越しします。
生きていたら。

宝くじを買います。
当たったら、すぐに富山に行きます。

新しい人生を味わうために。
余生を、楽しむために。


こうして、
気持ちを富山県に向けると、
希望を抱くと、
今の現実の苦しみに目をやる事が無く楽です。

遠くを見ます。

遠く、遠く・・・・

遠くを見て、
近くをぼやけさせます。

富山に目を向けて、
奈良県を視界に入れないようにしよう。


それが、
今の僕の、
「精一杯」です。



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